十分な教育資金と老後資金のために



 自らを周囲と比較して捉えようとすることは、
 あまりよい効果を生まないと考えています。

 自分のパフォーマンスを他の個人投資家の方のパフォーマンスと比較し、
 一喜一憂しても本質的にポジティブなものは生まないと認識しています。

 仮に自分のパフォーマンスが相対的に劣っていれば、
 それは少なからず妬みや自信喪失というネガティブな方向に働きます。
 これは程度の差こそあれ、煩悩に生きる人間ですから、
 拭いようのない実態だと受け入れざる得ないと考えます。
 確かに、自分が劣っていることでより奮起して頑張るという、
 一見ポジティブにも見える状況も考えられますが、
 そもそも精神論で頑張るといっても出来ることは限られます。
 むしろその気張りが自分のスタンスからブレのある言動を引き起こすようであれば、
 結果はどうであれ、それはよくないことだと思います。

 一方、自分のパフォーマンスが相対的に勝っている場合、
 私は努めてその時々のスクリーンショットに対して、
 楽観視しないように努めていますが、
 それでも今週の頭の記事のように少しでも慢心してしまうと、
 それが油断に繋がり、
 知らず知らずのうちに不遜な態度で、
 相場に臨んでいるなんてことになるかもしれません。

 パフォーマンスが良くても悪くても、
 周囲と比較するのは避けたいと思う所以はこのようなことです。


 今日も私のパフォーマンスはそれなりに続落していますが、
 こういった時にすぐに相場の指数を確認してしまいます。
 そしてその騰落具合を見て一喜一憂するわけです。
 自分のPFがマイナスとなっていても、
 それに輪をかけて相場の指数がマイナスだと、
 どこか安心したりします。

 「赤信号みんなで渡れば怖くない」の論理ですね。

 逆に今週の冒頭のように自分のPFが強い時に、
 相場の指数が横ばいだったりすると、妙にうれしくなったりします。

 周囲(この場合は相場の指数)と比較しても良いことなどないと、
 努めて比較することを避けようとしていても、
 そのように言動してしまうあたりに自分の慢心さを垣間見ます。

 日本人的な発想なのでしょうね。
 自分だけが「平均的」でないことに怖さや不安を感じやすいのです。
 日常生活、殊更、サラリーマン生活においては、
 この長いものに撒かれるという姿勢も大事ですし、
 周囲と比較して自分も平均的であろうという発想は、
 平凡なサラリーマンとして生きている処世術でもあります。


 ですが、株式相場はそれが機能しません。
 人と違う道を行くからこそリターンが生まれるという考えもありますが、
 別に必ずしも「別の道」である必要性はないわけです。
 私が大事にしたいのは、周囲と比較することで、
 安心感を持ったり優越感を持ったりということは、
 意味がないことだと強く認識したいのです。
 周囲と比較すること自体が意味がないわけで、
 つまりは「平均」を意識しても何かが変わるわけではないということです。

 大事なことは、周囲との比較ではなく、自分がどうありたいか、
 自分が考えたロジックに従って淡々と行動し、
 そのプロセスも淡々と受け入れていく姿勢を今後も鍛えていきたいと思います。
 その際に、周囲との比較で雑音が入り、自分自身の言動が乱されることは、
 長期投資においてあってはならないということを肝に銘じていきたいと思います。
コメント
この記事へのコメント
ウチヤマまさかの東証一部承認。もう保有してないけど一時期は主力で勝負していたから思いでの銘柄です。しかし月次は悪そうだね。また参戦するかもしれませんので監視はしておきます。
2014/09/04(木) 23:54 | URL | ラビオリ #-[ 編集]
>ラビオリさん
こんばんは、ラビオリさん。
コメントを頂きましてありがとうございます。
ウチヤマHDは1部が近いと言われていましたが、
私はファンダメンタルズが悪化懸念が台頭したため、
全株処分しました。
その後だけにショックも大きいですね。
2014/09/05(金) 00:21 | URL | まるのん #-[ 編集]
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