投資方針に忠実に退屈な投資で資産形成


私にはほとんど友達がいません。

あぁ、まるのんはコミュ障と自称してるし、
そりゃそうだよね、と納得をして頂けると思います(笑)。


多くの投資家の方はリア充の方も多いと思いますから、
きっと友達たくさんでハッピーな方が多いものと思いますから、
こんな私のことを嘲笑して頂ければよいのですが、
人との関わりって本当に難しいものだと思います。


学校のクラスとか会社の同僚のように共通したコミュニティがあれば、
そこでご一緒している方々と当たり前のように会話もしますし、
ご飯だってご一緒したりします。冗談を言って笑いあうこともあれば、
些細なことで喧嘩をすることだってあります。
こういう付き合いはコミュ障の私でも辛うじて実践しているわけですが、
改めて、ではこういう付き合いの方々が友達かといわれると、
少々悩ましくなるわけです。


私は学生時代からクラスや部活というものの他に、
いくつかのコミュニティを創ったり参加したりしたことがあります。
その規模は100人を超えるものもあり、
学生時代としては比較的大きなコミュニティだったと思います。
あるコミュニティでは、マスコミにも露出したこともあります。
多くの人が参画する中で人脈を広げ、多くの方と触れ合う楽しみみたいなことを
高校生以後では常に実感をしていたわけです。
共通の目的に向かって物事を成すすばらしさやその達成感は
若かりし頃の経験だから余計に美化されています。
そして、このような経験が今の自分の糧にもなっていると思います。
自分で言うのも憚られますが、比較的新しい事を立ち上げたり、
独自の視点での創造性は高いと自分を評しています。


一方で人脈を広げ知り合いが増えたということの裏返しとして、
虚しさもまた積もることとなりました。

そのコミュニティでそれぞれの目的を果たし、
その機能に一区切りついたあと、
すなわりコミュニティに固有の共通項がなくなった時には
やはり自然と人間関係も疎遠になっていくわけです。

本来は人間の本質的な魅力というか、面白さに惹かれあって、
あるいはもっと砕けた言い方をすれば一緒にいて楽しいと思うから、
関係性は持続すると思うわけで、
結びつく上でのきっかけであった共通項がなくなっても、
本質的な関係は持続するものだと思うわけですが、
しかし現実はなかなかそうもいかないわけです。

大学受験の折、高校生の頃に知り合ったある講師の方が、
こんなことを仰っていました。
「大学生になると学生の飲み会がたくさんあって楽しそうでしょう。
君たちも大学生になって、そういう生活に憧れ、楽しそうと思うかもしれない。
でも、彼らのほとんどはただただ寂しいんだよ。
だからただ群れて飲んだくれる生活に溺れることなく、
本質的な楽しみを見つけるような生活をするんだよ。」

その当時は何の事言っているのかわかりませんでしたが、
その後大学生になり、人間関係の儚さを感じるにつれて、
その意図がわかったような気がしました。

人は心細いもので、
共通項の下で人との関わりを求めれば求める行動は、
一種のアイデンティティの未熟さから逃れ、
現実逃避をする要素にすらなるのかもしれません。
その場が楽しければいいという
合理的にも思える考えのもとで繋がっていることに
すがっているのかもしれません。

私がコミュ障と自称するのは、
多くの人が集まる場、とりわけお酒が入って盛り上がる宴席は、
極めて苦手だからです。
ただ、その理由は、
所詮寂しいだけなんだろうという斜に構えたものではなく、
単純に自分が気持ち的に対応出来ないからです。
そこに集って人に触れれば様々な自分の知らない事に出会えるでしょうし、
そういう機会を大事にすべきだという一般論は理解しているのですが、
私はむしろ少人数でじっくりと語り合い、
密度を濃くした方が本質的に相手のことをより深く知れますし、
それが自分にとってもプラスだと思っているのです。


ここでの課題は、ではそんな少人数というか相対で、
私のような退屈な人間と交流を図ってくれる人がいるかという問題です。
そう考えるとさすがに自分でも自覚していますが、
私には投資家としてはもちろん、
人間性として特段の面白みがあるものもありませんので、
結果的に交流を図る方が少なくなるわけで、
あぁ私には友達がいないなとなるわけです。

ということは、他の方から魅力的だと思える人になれるように、
自分のスキルを磨き、人間性を高めることに努力をすればいいわけですが、
他者からの見られ方を意識してストレッチをしようと思うほど、
私は意識高くないわけですし、
それで手広くチャレンジしようという発想にもならないのが
自分でもイタイなと思うわけですけど。


こういう発想もまた、自分の投資行動にも影響している気がします。
投資する銘柄の趣向を変に手広くしていなかったり、
高めようという意識が低かったりと・・・(笑)。


そんなことを考えながら、
私は今、投資家の端くれとして、
このようにブログやツイッターを通して情報発信をしています。

それはなぜか。
凄い結果を出して、称賛を受けたいといった承認欲求というか、
凡人で特別なスキルがないサラリーマンが、
自分の決めたマイペースな投資を実践する姿をただありのままに
表現したいということです。
何かご迎合したり、競ったり、コミュニティの中で、
自分にチャレンジやストレッチといったことをせずとも、
ある程度の怠惰な中でも資産形成に取り組めるのではないかと、
そう思って今後もマイペースに、
また平常心で望んでいきたいなと思います。

コメント
この記事へのコメント
まるのんさんにとっての投資のように、何かしらトコトン好きなものがある人は、友達ができる要素が多分にあると思います。自己顕示欲とかただ儲けたいだけではなく、株が好き、銘柄分析が好き、そういうのが滲み出る人に、人は引き寄せられると思います。一緒に楽しみたい、輪に入れてほしいからですね。投資だけでなく他の趣味でもそうですよね。

一般には、ネガティブな感情は投資を始めるきっかけに大いになりえます。窓際で出世の期待が持てないからとか、老後資金が心配でとか、そういう人たくさんいますね。ただ続けられる人って何かしら投資に楽しさを見出していますので、そこが意図せずとも自己表現となり、人を惹き付けていくのではないでしょうか。

私の場合、良い企業に投資する楽しさって、地味でも品質とオリジナリティを大事にする店を贔屓にしたり、素晴らしいサービスをしてくれたウェイターに多めのチップを払う嬉しさと似ています。

まるのんさんも、投資のどこが好きで何が自分を熱中させるか、すでにご自身でお分かりになっているようにお見受けしますよ^^
2018/05/29(火) 11:21 | URL | ユリ #-[ 編集]
>ユリさん
こんにちは、ユリさん。
コメントを頂きましてありがとうございます。

好きなものに熱中している人は、
何かしらの魅力的な部分がありますし、
他人からそのように映るというのはその通りだと思います。

投資に限ってみると、他の趣味と異なるところとして、
お金に絡む要素が多いというところでしょうかね。

どうしても情報交換という割り切った関係性をメインに捉える方もおれば、
その姿勢など儲け以外の箇所に興味関心がある方もおられる中で、
お金が絡むのでどうしても人間関係が複雑になりがちではないかと考えています。


私は投資はネガティブな感情で始めている一人でありますが、
実際に取り組む中では確かに儲けは無視はできないわけですが、
それ以上に会社を知ったり、その先にある従業員や役員の方との交流、
あるいはその土地や旅程でのめぐり逢いなど、
案外楽しみも多岐に渡ります。
以前にお褒め頂いた、姫路旅程の貴重な経験も、
投資をして、株主総会に遠路行こうとしなければ
起こりえなかったわけですしね(笑)。
そういうひとつひとつの活動を赤裸々にこうやって公開して、
このようにやり取りできることもまた楽しくもあるわけです。


よく、株辛いなんで仰ってる方もおりますが、
そもそも実際辛いなんて思っている方は少数だと思いますが、
私も辛いと思ったことはないですね。
小さな充足感を得ながら投資ライフを楽しんでいます。

今後も、またよろしくお願いいたします。
2018/05/29(火) 23:06 | URL | まるのん #-[ 編集]
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