投資方針に忠実に退屈な投資で資産形成


山中伸弥教授の昔の近畿大学卒業式での講演の中で、
「人間万事塞翁が馬(じんかん(にんげん)ばんじさいりょうがうま)」
という中国のことわざが引用されています。
有名な講演ですから、動画をご覧になった方もおられるかもしれません。

→ 動画リンク


意味合いはざっくりいえば、身の回りの吉凶は表裏一体であり、
福だと思っていたことが禍い(わざわい)の元になったり、
禍いが巡り巡って福になるという言い伝えです。


山中教授は、臨床医としての失敗、そして研究者としての失敗、
そして今に至るまで、「塞翁が馬」を実感する日々だったようです。

この「塞翁が馬」の言い伝えは、
投資家としても決して関係のないことではないと思います。

それで、当ブログは投資ブログですが、
それをがん無視して、少し私の身の上話にお付き合い下さい。
(投資ネタではないので、興味のない方はスルーして下さい)


私自身の人生を振り返ってみても確かに「塞翁が馬」の連続です。
大学受験に失敗し浪人することになりますが、
その逆境は私にとっては必要な経験でした。
そこで出会った人との繋がりも含めて貴重な浪人生活でした。
そして多くの仲間は東大や京大といった難関校に羽ばたきました。
医師になるもの、弁護士になるもの、あるいは起業するものなどなど。
しかし、一浪しても凡人の私は東大には合格出来ませんでした。
浪人も含めて大きな挫折の経験となるわけですが、
それでも浪人生活には見切りをつけて私学に進みます。

そしてそこでは学歴のコンプレックスを感じる暇もなく、
大学生活を謳歌しました。
私は興味を持つととことん突き詰めてしまう性格で、
頻繁に学外に出て様々な組織の中での活動を通して人脈を築き、
多種多様な経験を積みました。
そして大学院に進む段階では、東大のある研究室の教授から、
編入しないかというお誘いを受ける機会にも恵まれました。
東大を目指していた私にとってはこれも一見、「福」のような機会でしたが、
しかし、私はこれを丁重に断り、
自分が本当に突き詰めたい領域に進む選択をします。
大学院には籍を残しつつ、学外の組織で大学院生活を送りました。
しかし、山中教授の「ジャマナカ」の逸話ではないですが、
私も同じような鬼軍曹がいるシビアな環境での研究生活を送りました。
自らの選択で進路を切り開き選択した進路のその先に待っていたのは、
大変苦境に満ちた2年間でした。
実家を離れて生活面でも自立を求められる中で、
学生としての学びの場というより、
ただ働きをする見習い調理人のような生活でした。

そして民間に就職する選択をします。
その組織に残り、研究者・技術者となる事から逃げました。
当時として納得できる就職活動を通して、
いわゆる大手企業の魅力を感じる会社に入社をします。

しかし、期待や希望に満ちた状態は長くは続きません。
周囲の同期や同僚の優秀さと自分の未熟さを感じる日々、
そしてサラリーマンとして組織人となることへの微細な抵抗心。
しがらみの中で生きていかねばならない、
この先の長いキャリアを想像して絶望したこともあります。
そして私はキャリアを捨てて、窓際族になる選択をしたわけです。
社内の花形から自らの意思で退き、
サラリーマンとして、一種の悟りを開くようになります。
しかし、そこでの仕事で出会った会計や戦略論あ氷山の一角ではあれど、
未知の世界で新たな発見にうきうきしました。
また、出世による地位も名声も捨ててみると
心は一気に穏やかになりましたし、それによって出来た時間を
自分の好きなことに振り向けられるようになりました。
子育てに積極的に参加していますし、株式投資にも出会いました。
当然、子育ての中でうまくいかないことがあったり、
株式投資でも日々悩みは尽きませんが
しかし日々の暮らしが豊かになりました。

自分の志向があることにエネルギーは使うべきで、
そうでないことは時に捨てるという選択もあっていいはずです。
もちろん、家庭や仕事など、私も含めて一般人は、
様々な制約の中で生きているわけでもあり、
完全な理想追求は難しいですが、
それでもアドラー心理学の「嫌われる勇気」でも言及があるように、
行動の理由を明らかにするアプローチではなく、
自分の志向からアプローチしてみることが大事だなと
短い人生を振り返ってみて思うわけです。
その中では「塞翁が馬」の言い伝えのように、
禍いの渦中の中にあるかもしれませんが、
それの原因追求をするのではなく、
それをどう自分の福になるか、そうなると信じるかということが、
大事だなと思います。


前置きが長くなったわけですが、
(というか単なる回顧録でもう記事をクローズしていいのですが(笑))
投資家としてのマインドでも同じアプローチで捉えるといいと思います。


ここ最近のボラティリティの大きさへの気持ちの持ち様や、
満たされることという抽象的なことばかりを記事にしていますが、
結局のところ、「塞翁が馬」ということかなと思います。

今日資産が増えた(吉)からよかったと思うのではなく、
その先には何かよくないこと(凶)が控えているかもしれないし、
逆に資産が減ったとしても(凶)、
その先にはよいこと(吉)が待っているかもしれない。
これは可能性の話であって、
結局、よくわかんないやーってなるかもしれません。
ですが、少なくても日々の株価の騰落に対して、
自分の気持ちまで浮き沈みして消耗することは無意味であると示唆しています。

また少し長い目でみても、自分の投資手法がうまくいかない時もこれから、
いくらでもでてくるでしょう。
または自分の想像している以上の結果が出ることだってあるかもしれません。
そういった時にも悲観しすぎたり、慢心してしまったりせず、
平常心で向き合えるかということは、
長い投資家人生を送る上で大事なことだと思います。


満たされるということについても、
一見満たされていないと捉えていたとしても、
それはその後の自身の成長のために必要な凶事に過ぎないかもしれません。
事象としてはその時々でよい時もあれば、よくない時もあるのです。
そういった時に腰を据えて人生を楽しむ位の余裕があれば、
全体を通してみた時に、満たされた実感があるのかなと思います。


企業の業績についても言及しておきますが、
どんな環境下でも常に増収増益を確保し続け優良会社もありますが、
一方で凹凸がありながらも成長していける会社もあります。
企業の活動においては常に吉が続くことが理想ですが、
結局は「塞翁が馬」です。

ファンダメンタルズというのは、基礎的な価値に着目するわけですから、
その期その期での浮き沈みには過敏になるべきではないのです。
(実際にはそんな合理的には判断しないとは思いますが)
よい時によくない時にも身の丈で基礎的価値を徐々にでも高めてくれるような会社に、
今後も投資をしていきたいなと思うわけです。

そこには時流やトレンドというものは無用です。
もちろん、これを意識した方が効率や儲けは大きくなるかもしれません。
しかし儲け方にも良し悪しがあると私は考えているわけですが、
「塞翁が馬」という環境を前提にしてゆっくりと育っていってくれればいいのです。
そういうスタンスにしているわけなので、
昨今のイナゴも含めた情報戦とは距離を置いて、
マイペースな投資をしていきたいと思います。
それが自分の納得できるやり方と
儲け方で実現されることを期待していきたいです。

なんだか精神論ばかりになってきて、
またどこかで揶揄されそうですが・・・(苦笑)。



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