十分な教育資金と老後資金のために

コメント欄においてリスク管理と対処について、
貴重なコメントを頂きました。
コメントの内容を私なりに解釈すると、
以下のようなご指摘です。
(コメント下さった方へ転載の同意を得ていないため、
私の解釈ということで記載しています)

・リーマンショックが到来するまで投資家は楽観的であった。
・実態経済に影響がないという姿勢は本当に真であるのか。
・リスクが顕在化すると全面安で、結果投げるのが正解だった。
・そんな時に割安になったと買うのか?
・経済リスクだけでなく地政学リスクも顕在化も同様の悩みに苛まれるはず。
・キャッシュを一定程度持っている分、対応はより悩ましいはず。
・リスクが顕在化しても業績の下方修正が出るまで律儀に待つのか

総じてみると、リスクに対して楽観的になり過ぎではないか、
もし顕在化したとしたら、その時の対応はどう考えているのか、
というご指摘だと受け止めました。


私はこれまで何度も言い聞かせてきていますが、
保有銘柄の業績見通しや長期的成長シナリオなど、
投資前提が崩れない限り原則として株式保有を継続することとしています。
もちろん、時価ベースで投資妙味の期待値が一定程度収束したタイミング、
もしくは他の優位性がある場合などには入れ替えもありますが、
基本的に投資前提が崩れない限り保有を継続するというのが基本姿勢です。

但し、世界経済の収縮(リーマンショックのような経済不安)が顕在化した時には、
投資前提の継続性に一部疑義が生じることにもなりかねませんので、
その時には相応に売却をすることになると考えています。
もちろんその時は既にリスクが顕在化した時なので、
連続ストップ安でそもそも手遅れということもあるかもしれませんがね。

一方で銘柄選定の基準として私はいくつかの観点で評価をしていますが、
「安定」の観点の中で不況耐性という観点も組み込んでいます。
従って一定の不況耐性は考慮しているつもりでもあるため、
各銘柄のバリュエーション次第ではありますが、
個々に売る量や銘柄は検討することになると思います。


この辺りが今までの一般論としての原理原則の方針です。


この原理原則の大前提としては、
そもそも資産は大きく減る可能性があることを受け入れる事だと考えています。
もちろん、せっかく築いてきた資産ですから、
少しも目減りさせたくない、そうならぬように最善を尽くすというのは当たり前ですが、
あらゆるリスクを想定してということであれば、
やはり資産の減る可能性は常に念頭に現実のこととして置いておく必要があります。

私の目指している運用利回りは長期資産シミュレーションベースで見ると、
2017年末で2014年当初比で約+70%弱(約600万→約1000万)です。
これに対して、現時点で約+100%強(→約1200万)という所まで来ています。
つまり、ありがたいことにこれまで目標比で貯金が出来ていることもあり、
ざっくり総資産で2割強(約200万)はマイナスになる余地は考慮しています。

私の今のポートフォリオは株式が6割~7割ですが、
この株式が全て30%強のマイナス(ざっくりS安2連続)になった時くらいと考えています。
実際には半額位までは覚悟した方がいいのかもしれませんが、
まぁ全部が30%安となっても、目標ラインということは念頭にありますので、
まだ受容できるかなと今は考えています。
(実際には狼狽すると思いますがね(笑))

減らしたくはないし、そうならぬようにとは思いつつ、
あらゆるリスクに晒されながら運用しているわけなので、
そういうめぐりあわせになることもあるだろうという事を受け入れるしかない、
という考えがあります。



またリスクの捉え方ですが、
事前にリスクを正しく認識することなんてできないと思っています。
リーマン破綻の有無やそれが与える影響など、
専門家ですら予想を大きく外していました。
投資家に限らず楽観していましたからね。

直近でもチャイナショック、ギリシャショック、
ブレグジット、ドイツ銀行の懸念などありましたし、
地政学リスクやエボラショックなんてものもありました。

これらを保有企業のファンダメンタルズに影響はないと評価していますが、
確かにそれが顕在化するか否かわからないですし、
企業活動の影響もわかりません。
たまたま今までのリスクは事業活動に大きな影響は及びませんでした。

今後のリスクについても、実際にどうなるかわかりませんが、
でも現状の様々なリスクについても、
現時点では合理的にみて影響はないだろうとみるしかない、
それが実情だと思います。
(もちろん安定性の評価は事前にやってはおくわけですがね)

リスクを取らないとリターンはないという考えですので、
このリスクは一定程度は受け入れて冷静に
対処していくしかないと思います。

ただリスクをある程度はコントロールする必要があるとは思います。
シクリカルな銘柄に極端に寄せないとか、
岩盤な事業基盤を持っている銘柄を組み入れるとか、
配当などの下支え余地のある財務基盤があるとか、
不動産や製造など特定セクターに寄せ過ぎないとか、
まぁ色々ありますよね。
暴落局面では業種など関係なく暴落しますが、
その後の回復も踏まえた時に分散は一定程度は効果があると推測しています。

確かにリーマンショックの直後にすぐに売却が正しいともいわれていますが、
長期的に見れば、早々に回復して長期で持っていれば報わるということも、
それなりにあったと考えています。
そもそもニトリなど関係なく上昇してきた銘柄もありますしね。
時間的な効率は犠牲になってしまうかもしれませんが、
必ずしも全部売却だけが正解ではないのではないかという仮説も持っています。


なんだか取りとめがなくなって纏まりがなくなっているので、
あとはご質問にお答えしておきたいと思います。

Q
リスク顕在化後に軒並みストップ安を受けて、
安いと買うのか。

A
リスクの種類にも拠りますが、
企業業績に不透明感があるのであれば、
現状EPSやその後の想定CAGRを安易に採用して
バリュエーション評価しないと思います。
リスクの状況と値動きの状況とを鑑みて少し売るかもしれません。
ポートフォリオの下落余地と長期資産シミュレーションを意識して、
皮算用して俯瞰して決めることになるのでしょうね。


Q
北朝鮮の軍事リスクについて、開戦となった場合の対応について

A
日本国内への着弾ということがあれば、
やはり一時的な経済混乱は免れないとも思うので、
全体の比率を下げる対処を行うと思います。
具体的にはNISA分くらいは残して特定分を売るくらいが
今はちょうどよい塩梅かなとは思っています。


Q
下方修正が出るまでは株価に関係なく保有継続するのか。

A
リスクが顕在化して、それでもなお、保有企業の業績に不透明感がなく、
なんの変化もないとみればそうなりますが、
多かれ少なかれ調整は事前にする事になると考えます。



私は楽観主義ではなく、
わからないということを受け入れて
これでも保守的に冷静な判断を下しているつもりです。
とはいえ、事が起こりリスクが顕在化されてパニックになれば、
まだ未熟な私も群集心理に感化され、
実際にはそれなりに投げることになるとは思います(笑)。



この文章が象徴するように、
やはり具体的に読者の方からツッコミを頂くと、
どうも釈然と整理した文章が書けないでおります(いつも?)。
ということは、まだ私の中でも危機管理とかリスク管理が、
ルーズだという証左でもあると思います。
よい気付きの機会を頂けるコメントに大変感謝しています。


少し気は早いですが、来年の投資方針のチューニングの観点に向けて、
少しずつ考えを整理したいと思います。


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順調に(?)資産が減っておりますので、
精神安定の自戒も込めて記事をUPしています。

株式市場では、ちょっとしたきっかけで、
不安と期待の交錯が激しくなり、時価も大きく動きます。
(今の足元の動きを大きいと評するかは賛否両論だと思いますが)
現物で無理なく長期投資を志す立場としては、
短期的なリスクばかりに目を向けて右往左往するのではなく、
長期的な目線で銘柄への期待度に変化がないか、
よく観察して冷静な判断を下していくべきだと考えています。

現状の北朝鮮を相手とするプロレスのような展開に、
いちいち長期的リスクだと嘆き、不安になるのであれば、
最初から極東リスクを抱える日本株に投資しなければよいわけです。
リーマンショックのような金融不安が台頭したわけでもないですし、
投資前提が崩れているとは考えられません。
(北朝鮮のリスクは、過去からずっと抱えてきているわけですし)


ただ闇雲にリスクだ、リスクだと騒いでみても、
リターンを求める上で、一定のリスクは受容せねばなりませんから、
それを適切に把握していく必要があるわけです。
なかなか北朝鮮のリスクを推し量ることはできませんが、
実際に着弾して開戦という事態にならない限り、
保有株の事業価値が毀損するようなリスクだとは考えていません。
私は長期的に期待する価値に対して投資をしているわけで、
その価値が毀損しうるリスクを認識しつつ、
その価値が大きくなることに期待をして投資をしています。
なので、目先のリスクの報道に不安を抱くようであれば、
その期待する価値はたいしたものではないと見るべきなのでしょう。
要するに迷いや不安が必要以上に大きくなるのなら、
今取っているリスクは自分の許容度を超えているということで、
即刻、売却するべきなのでしょう。


日本管理センターが管理する物件の入居者が、
相次いで国外退避でもして管理物件の収益力が落ちることもないでしょう。
サンセイランディックが扱う底地や居抜き物件は、
今日も相続発生などの起因に従い、
適切に処理するお手伝いは継続されているでしょう。
地方のスーパーやドラックストアでは今日も広告を作り販促をしているでしょう。
ベンチャー活動を急に皆が放り投げてクロスコープが空室となり
ニュース配信をやめるなんてこともないでしょう。
あるいは、息の長い製薬研究やメーカーの研究活動が打ち止めになることもないです。
今日もEコマース上でカメラは売れるでしょうし、
足元で需要が回復し、つれて鶏卵価格も上昇しており堅調です。


リスクは顕在化してからでは遅いから、
確かに今は問題なく経済は回っていても、
この先どうなるかなんてわからないでしょ、という立場もあると思います。

しかし、一寸先が闇なんてのは常にそんなもんですから、
極度の不安を抱くことなくやり過ごすというのが私にとって合理的に感じます。


これまでもエボラで世界の人類が破滅するかもしれないとか、
ブレグジットで混乱が生じEUが終わるかもしれないとか、
その時々で最悪のシナリオを煽って、
この世の終わりとばかりに報道されたりします。
しかし、冷静に受け止める必要があると思います。
ピーターリンチ先生も的確なことを仰るなと思います。

「ニュースキャスターの恐ろしい予言に耳を貸してはいけない。」
「この世の終わりが来るという予言は株を売る理由にはならない。」


まぁ私はチキンなので、耳を貸さないとまで割り切れないので、
恐ろしい予言も一応は聞いてみようとは思います(笑)。
ただ、その内容については注視しつつも、
投資判断はその不安からは切り離し、冷静に判断するのが適当だと思います。


今日の反転でとりあえず安堵という人もいれば、
やれやれで今あるポジションを軽くしようかなと悩まれている方、
底は打ったかもしれないと打診買いをしようと虎視眈々と狙っている方、
まぁ色々おられると思います。

私はといえば、バリューエションに照らして
以前から決めていた水準でそれぞれ注文を入れて
あとは傍観し放置に徹しています。

今の騰落に期待も不安もありません。
(ということにしておきます(笑))




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「評価」というのは移ろいやすいものですし、
曖昧なものだと感じています。
ですから、自らが評価をする時や、
周りの評価を参考にする時には、
その評価はとても儚いものであるという前提に立ち、
その判断の妥当性をチェックすべきだと考えています。


各銘柄についている時価の割安性の評価や、
今後の企業への成長性に対する評価、
市場の見通しへの評価など、
様々な立場で様々な評価がこの株式市場で交わされているわけです。

しかし、例えば時価への評価についてみてみると、
上げ基調の時の1000円と下げ基調の時の1000円は
まるで違った評価になりえることがあります。
(市況に流されない強靭かつ確固たるマインドがあれば別ですが)
少し前まで堅調に推移する中で1000円を上抜けた時は。
割安性も薄まってきてとても買い増しには抵抗がある評価だったはずが、
高値を追った後、今日のような調整局面で1000円に戻ってくると、
そろそろ底値が近いかもと買い増しも念頭に置いた評価となったり、、
周りのそういう評価に流されてしまいがちになったります。

また成長性の評価という面でも、ある人の評価が自分の評価に影響を与え、
それが波及的に広がることで、
過大評価又は過小評価になったりすることもあります。
実際に私も自分としては「中の上」程度の成長性評価を下していたものの、
その後、ある方がポジティブな評価をしたと知るや、
何かと理由を後追いでつけては自分の評価にも色がついてしまう、
そんな経験がこれまでに何度もあります。

市場への見通しの評価も様々な意見が聞かれます。
地政学リスク云々で様子見すべきという評価であったり、
こういうときこそ買いと煽る評価もあります。
この評価においても、前述のように声の大きい人の評価が、
ある人の評価に影響を及ぼし、
更にそれがより影響を広げ・・・というように
波及することになり、自分の評価も翻弄されることになります。


評価を下して意思決定をしていく中で、
この評価のプロセスはとても重要です。
しかし、それはとても儚く曖昧なものになる余地が多分にあり、
特に私のような未熟者であればあるほど、
よりその前提を意識して、
出来るだけ俯瞰し客観性に富んだ視点で望むことが肝要であると思います。


このように考えていくと当たり前のことなのですが、
「評価」とは自分が主体的にどう思うか、その1点に尽きます。
主体性を持って、自分なりの見立てに従ったプロセスを踏まえて
評価するからこそ、頑丈な意思決定を導き出せるわけです。



『自分がどう思うかが大事』
というのは何も株式投資に限った話ではありません。

少し毛色が異なる話になりますが、
例えば会社の中の人事評価制度についてです。

人事評価制度においても、
様々なステークホルダーの思惑が交錯する中で、
評価を下しますし、下されます。
自分が評価する立場であれば、
周りの様々な思惑(あいつは出世させたいとかけしからんとか)に
支配された雑音は一切無視して、
客観性を踏まえて状況を俯瞰した後は、
主体的に評価を下すべきだと思います。

また評価を受ける立場であっても、
真摯に耳を傾けるべきは傾けたとしても、
自分が自分を評価して自分のポリシーに従った行動が取れているか、
その点でセルフ評価をして自分の価値を推し量るべきだと思います。
高い評価を受けるために忖度を重んじた言動は、
他人からの評価を得るという目的としてはよいですが、
自分が真に価値ある評価を実感するためには
必ずしも妥当とは思えません。


個人投資家としての立場で見ても、
私も含めて承認欲求(高い評価を得たい)と考えている方が多いと思いますが、
これもそもそも高い評価とは何かを見つめるべきだと考えています。

高い評価とは、
驚異的なパフォーマンスを叩き出している事ではなく、
多様性、継続性、固有の着眼点など、
手法・プロセスに拠るものであると思いますし、
もっと複合的なものであるとも思います。

そもそも高い評価を得ることが目的のようになってしまっては論外ですし、
自分が貫くべき行動指針に基づいて行動できているかがまず大事です。
その上で、儚く移ろいやすい周囲からの評価は耳を貸す程度にし、
自分が大事と思う肝を押さえて今後も運用していきたいと思っています。


株式市場、とりわけマザーズ指数や私のポートフォリオに暗雲が立ち込める中で、
呑気にこんな一般論を展開している場合ではなく、
銘柄に対するコメントでもすればいいのですがね・・・。

ただコメントしようにも早々銘柄の価値に関する見立てが変わるわけではなく、
勝手に時価が右往左往しているだけなので、
コメントしようがないのです。

とはいえ、それでは退屈なので、
ツイートでは投機的な目線も含めて
好きなようにつぶやいているつもりです(笑)。

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「儲け」を得ることを目的に投資をしているとはいえ、
得られそうな「儲け」に留まらず、
その投資先の理念や経営等の姿勢に対する「応援」の気持ちこそが、
より投資先選定において重要なものであるという
価値観が大きくなりつつあります。

このことは 前回の記事 にて触れました。


では、そういった理念や経営に対して
自分の価値観によりフィットするような投資先をどのように
見つけるかということが重要になります。

これまでの投資先選定においては、
ファンダメンタルズ分析を中心に行い、
そのプロセスの中で一要素として理念や経営への信任という観点を
加味していました。

詳細に書くと、
企業の定量的な実績数値を観察して成長性や安定性を客観的に把握し、
その実績を出す所以としてビジネスモデルや外部環境などを見つめることが
1stステップです。
2ndステップとして、そのビジネスモデルが今後も長く通用し、
その結果として、安定成長が今後も可能性高く続くことが期待されること、
かつそれが適正な価格で購入できるかというチェックです。
これらのステップを経て、
いよいよ実際の投資を検討するフェーズとなります。

この今後も長くビジネスが通用するとする検討段階においては、
不況耐性や経営者の素質、企業理念や従業員のモチベーションなど、
様々なところに推測を巡らします。
もちろん全てを見通せるわけではなく、
一部の限られた情報から判断しますが、
最後は自分の好みだったり共感だったりという
精神論の部分が多様に影響します。

出来るだけこのような精神論的な定性評価は控えるようにしつつも、
人間の判断なので、当然ゼロには出来ません。

これまで控えてきた自分の好みか否か、
それも経営や理念といった至極表面的で曖昧なものに対するものへの評価。
しかし、これがとても大事なのではないかと考えるようになりました。

そしてそういう大事な部分に触れるためにどう行動するべきかが、
投資家としての必要な行動のひとつではないか思うわけです。
今更?という感じかもしれませんがね。

そういう大事な部分については、
会社と対面で直接感じることこそが一番有効なので
IRイベントや株主総会は出来るだけ出席し、
コミュニケーションを図ることがとても重要だと思う所以でもあります。
私も今回も全国保証、WDBホールディングス、丸和運輸機関、
シュッピンの総会に参加しましたが、
どれも大変有益な機会を頂きました。

そのような機会を通して、より会社への理解を深め、
そこに共感出来ることは、
ファンダメンタルズ分析の小難しい理屈と同じくらい、
大事な要素なのかもしれません。


経営者の誠実さだけでは事業成長は出来ない。
だから極端な話、誠実かどうかなど二の次でよいという考えもあるでしょう。
確かにその通りと思う部分もありますが、
私は事業成長スピードが目覚ましくても、
誠実さに欠けたり、懸念を抱いたままに、
その成長性と配当という面だけに目を向けて「儲け」中心の視点で、
資金を投じる判断が出来ないのが実情だったりもします。


このような観点から、四季報や企業IRページで
型にはめた定型的なファンダメンタルズ分析は
もちろんこれからも継続するものの、
それだけではない要素をもう少し重視していけたらと思います。

具体的には企業のIR以外の情報へ積極的にアクセスすることで
その企業の投資家目線ではない視点で見つめるようにしたいです。
採用、商品/サービス情報などですかね。
特に経営者のあいさつなども重視したいです。
また、IR関連でもパワポなどの資料だけでなく、
出来るだけ動画を探す、もしくは直接企業へ訪問を心掛けてみるなどです。
これまでも横目で気にしていたことなのですが、
今後はもう少し重視したいですし、
例えばストックボイスの上場会社の社長の挨拶などの動画も
チェックして銘柄選定のきっかけに活かしてみたいと思います。

一風変わった経営者や、会社ビジョンなどをみつけて、
それが自分の志向とマッチするかという入口から
何かよい出会いがあるといいなと思います。


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多くの投資家は、
リターンの極大化を目指しているかと思います。
そのために自分自身が受容しうるリスクを推し量り、
それを時に上限域まで取り込むことで、
実際のリターンを顕在化させようとしているものと思います。

このような対応について、
「攻め時」とか、「勝負に出る」などとも表現されますが、
このニュアンスにずっと違和感を感じています。

リスクばかりに目が向きリターンを享受出来ないから、
時にリスクを取らないと駄目なんだといわれれば、
それはリスクとリターンの基本的な考え方を踏まえれば
そうだよなーと納得をさせられる部分はあります。
これを統計学等を駆使して数学を使って
学術的に説明する人もいるかもしれません。
なるほど、チキンではだめなんだと。

相場に資金を投じることは、
プロもアマも入り乱れる中での真剣勝負。
だから攻めと守りも意識せず、
日々のボラティリティの中で漫然と市場という戦場へ身を置くなんて、
自殺行為であるとさえ言われる始末です。

しかし、私たち投資家は、何と戦いどこへ向かって攻め、
何との勝負に勝とうとしているのか。

お金を儲けたいというツワモノが眼をギラギラさせ、
虎視眈々と明日の儲けを追及している中で、
オレがオレがという連鎖が「勝負」となり、
そこに攻める/守るという戦術論が台頭し、
その扱いが必然であるということなのかもしれません。

しかし、やはり敵が誰で何と勝とうとしているのか、
私にはあまり見えてきません。

敵は「不確実な未来」であり「不確実な市況」であり、
勝つべきは「恐怖を前に怯まない自分」なのか。
あるいは、市場の中にいる他の投資家・投機家が全て敵、
自分が出し抜くことが勝つことなのか。
本当にそうなのか。
相場とは勝負をかける場所なのか。

こんなことを考えている時間があれば、
銘柄のひとつでも研究した方が数百倍は有益なはずです。
だから私は凡人なのだと思います。
ただ、こういうメンタルを見つめる、
というか自分が長期的にどういう投資家を目指すのかを模索する上で、
自分とのこういう対話もまた重要なことだと考えています。


私が最近感じるようになったのは、
投資の原点なのかもしれませんが、
投資に期待する姿勢は、「儲け」の追及ではなく、
「応援」の連鎖なのかなということです。

「儲け」が先行するから、
見通せない未来も周りの市場参加者にも不安を覚え、
それが敵にみえてきたり、
気まぐれな相場と隣合わせであるから、
それをうまくやり過ごそうとして、
結果として勝ちを追求するから戦術的な攻める/守るとか、
勝負に出るといった考えが先行するのだと思います。

しかし、「応援」が先行すると、
見通せない未来は期待や夢という楽しみとなり、
気まぐれな相場は時に応援の機会を与えてくれるドラマであり、
市場参加者も一部の投機家などを除くと
同志としての仲間に思えてきます。

もちろん、慈善活動をしているわけではないので、
リターンによる「儲け」を度外視するわけではありません。
基礎的なリスクとリターンの関係を踏まえ、
自分が受容できるリスクを推し量り
(現金比率や特定銘柄の比率偏重など)、
応援に値するバリュエーションであるかとか、
継続的な安定成長が期待できるビジネスモデルを有しているかなど
当たり前の評価に照らす必要性は論じるまでもありません。
その上で、投資判断の最後のプロセスで今までは
目標株価まであと何%のギャップがあるという視点から
期待リターンをある程度定量的に想像する思考でした。

このプロセス自体は否定するものではありませんし、
実際、このような定量的思考は基本としてとても大事だと思います。
これからも絶対続けていくべきものだとさえ思っています。
しかし、より重視すべきなのは、「応援」をし続けられるか否かの
自分の中の強い会社に対する愛着のようなものの有無なのかなと
感じるようになりました。

このような想いが強くなれば強くなるほど、
定性的な精神論に傾倒してしまうわけで、
それを意識的に定量的・客観性を持つように自分自身を促すことが、
冷静な投資判断に資すると考えてきました。
情の介入を出来るだけ排除する意味でも
精神論ではないよう配慮をしてきたつもりですし、
それがパフォーマンスを大きく育てるという点においては、
良い効果をもたらしてくれるものなのかもしれません。
しかし、自分がより理想とする長期投資家として、
(自分が求めるレベルの)そこまで高くない利回り運用を求めていく上では、
もう少し定性的で情に係る部分にも目を向けることが
肝要なのかもしれないと思い始めているところです。

そのビジネスは儲けられるのか、
それがひいては自分の儲けに繋がるのかという世界では、
常に競争という敵が存在し、それにどう勝つかを見出す戦いです。
この良い意味での競争は切磋琢磨していく意味で、
ビジネス上でも投資家としても歓迎するべきことだと思います。
しかし、私の投資家として目指すべき方向性として
勝てるビジネスを発掘し、投資家としてより強く勝てる姿を求めるというより、
永続的な安定成長ビジネスを有しつつ、
野心や哲学のある経営に敬意を示すことが出来て、
今後の展望と成長、想いを共有することに喜びを感じる姿を求めているかなと思います。

私は不勉強なのでこのような思考はどなたかが唱えている姿なのかもしれませんし、
どなたかが全面否定している姿なのかもしれません。


とても平凡な考えでいまさらということかもしれませんが、
私の投資家としてのひとつの方向性として、
多くの方があまり重視されないと認識している、
会社の理念だったり経営者のマインドだったりをより深堀りして、
「応援」し続けようと真に思える会社を発掘していきたいし、
末永く付き合っていきたいなと感じています。


今後の投資方針を掲げる上で、
少し自分の中で「変化」を感じつつあるため、
自分の思考のメモのために記事にしました。

かなり漠然としている頭の整理のような記事で恐縮です。




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