投資方針に忠実に退屈な投資で資産形成

Author:まるのん
アラフォーのイクメン窓際サラリーマン。
投資方針に忠実に運用し、
将来の教育資金や老後資金への不安へ対処していく。
中長期視点で現物日本株へ投資。
サブブログ「まるのんのフォトはなし」で趣味の写真も公開。
年初来:+0.9%(2019/5/31時点)


日経マネー誌が毎年実施している
個人投資家調査が今年も実施されています。
ツイッターでは先週にお知らせさせて頂きましたが、
改めてブログ記事でもお知らせさせて頂きます。

★ こちらからアンケート回答できます ★

日曜日の夜は兼業の方は特に憂鬱なひと時かもしれませんが、
アンケートに答えると豪華賞品(最大10万円のギフトカード)が当たりますので、
まだ実施されていない方は、ぜひ回答頂ければと思います。


アンケートは投資家としての経験年数やスタンスを問う簡単なものや、
2018年末の相場軟調時の対応など選択肢の項目などを回答することになります。
一部コメントを記載する箇所もありますが、
全体でも10-20分もあれば十分回答出来る内容かと思います。

後ほど、誌面でも統計処理されて結果の分析記事が掲載されると思いますし、
その中で追って取材を頂く機会もあるようです。






さて、上記調査の中でもテクニカル重視かファンダ派かバリュー派かという質問もあります。
もちろん、それは固有のものではないですし、その手法に優劣があるわけではありませんが、
改めて並べられると、いったい自分は何者なのだろうかと悩んでしまったりします。
明確な区分けがあるわけでもないですし、何かの派に分けることには意味がありませんが、
自分がどういう立ち位置の投資家なのかを見失ってはいけないな、と思いました。

そもそもこの宗教ともいえる宗派について、自分は●●派だという主張することには
あまり意味がないように思います。
今回のように自分のスタンスをアンケートに回答するだけであれば差し支えがないのですが、
対人関係で自分の立場を押し付けてもいけませんし、実際そういった論争をツイッターなどでも
たまに目に触れますが、争いを起こしてまで議論がなされるべきものではないと感じます。
ですから、アンケートとして自分の流派を示すとはいえ、
それに固執しすぎることもなく、しかし、自分のスタンスをきちんと明確に持てるようになりたいなと
改めて思ったところです。

質問を受けて、自分の考えを改めて整理したり、
そういえば自分ってどんなんだっただろうか、なんて思い返すきっかけにもなりますので、
私も回答させて頂いてよかったなと思っています。

自分を省みたり、今後のことを改めて考えるきっかけにもなりますしね。


年に1回開催されるカメラ、写真好きのための祭典 CP+2019 が
パシフィコ横浜で開催されています。

投資に関連しないのですが、案外関連することもあったり、
ツイートはしましたが、少し面白い(?)こともあったので、
KYで投資ブログの記事にあげてしまうわけです。
しかし、毎回毎回なんでこんなことが起こるんでしょうね、、、

(すみません、投資ネタから逸脱してばかりで・・・)


各ブースで写真家の先生たちの話を聴くことで、
撮影時の逸話やテクニック、あるいは現像といって画像化する処理のノウハウ、
あるいは、その写真の飾り方などを提案してくれるわけです。
また、展示物では様々なツールがあってそれはカメラ本体やレンズはもちろん、
マニアックでニッチな要求を実現するための物も沢山です。

これって投資イベントでも同じなんですよね。
ただ、講師とされている先生というのが自称だったり、
評論家だったりして、写真家のように本当に自分が泥臭く運用しているような人が
どこまでいるかというのは様々な見方はあるかもしれません。
ただ、運用時の失敗やそこからどう銘柄を見極めているかとか、
保有中の様々な不測事態にどう備えるか、なんて撮影時のその逸話にも通ずるところがあります。
また、ポートフォリオを構築した後に、それをどう育てていくかとか、
その後、お金をどうやって活かしていくかなんて、
写真を撮影した後の楽しみ方にまた再投資するみたいなところにも通じます。

更に、ツール類も投資でも様々なサイトが提供するサービスや、
最近では新興の様々なイノベーティブなツールも出て来ているのも似ています。

別に投資に強引に紐づけているわけではないのですが、
無意識に投資のことが頭のどこかに過ってしまうあたりは、
少し病んでいるのかもしれませんね(笑)。

ある風景写真家の講話で、撮影の逸話の話を伺いました。


テントを担いで数日、山に籠ることも多いようですが、
昨今の流れで、ドローンを活用することもあるようです。

きれいな写真を撮るために全身全霊を注いでるそうですが、
やはり安全は最優先ということで、普段は一人で山に入るものの、
チームを編成して安全第一でやっているそうです。
山には不測の事態が沢山あって、だからこそ万全の態勢が必要だし、
あらゆる現象をよくよく観察して、安全を第一にする。
その中で、その風景がその後どうなるかを予測して、
それをじっくり考えて、フレーミングを決めると。
あとはひたすら待つのみ。
でも長くは待たない。状況が変わらなければ、転々と次の構想にチャレンジしていくと。
そんな中で、本当に自らが望んだ一瞬を切り取れることなんて稀で、
ほぼ失敗なんだとか。
でも、その成功の1枚がその失敗を全て吸収してくれるくらい、
改心のできであれば、仕事になるのだとか。

う~ん、こんな逸話を聴いていると、
やっぱり投資みたいじゃないですか。

私はよく観察した後に、ひたすら待ってしまう投資スタイルですが、
適度に損切りを重ねていきながら、多くの負けがあっても、
少しの勝ちがあればいいという事を表現しているようです。
そもそも最初にリスクを検知して、
山に入らないという選択ばかりしている気もするのですがね。


投資は統計的な話でもあり、定量的な評価の世界だと思うのですが、
写真という定性的な感情の表現の世界でも本質的には同じなんだなと思います。

リスクやリターンをよくよく観察して、
あるところにベットして、あとはどこまで待つか、ある程度見きりながらやるのか、
そのスタンスの違いはあれど、とても通ずるものがあるように感じました。

投資にしろ、写真撮影にしろ、
その成果に喜びを感じるわけですよね。
お金が増えれば嬉しい、企業と共にある実感が伴えばそれも嬉しい。
写真でも自分の表現が出来た瞬間は感動するし、それを誰かに共感してもらえると嬉しい。

ただそれって、得るためにはそれなりの努力、我慢、チャレンジ・・・といったことが必要なわけです。
そういうハードルを乗り越え、得られるものだから、嬉しいし、いいねという客観的な評価も得られるわけです。

自己満足でもなんでもいいのですが、
やっぱり自分なりにそういったハードルを超えようと思うことが
日々の生活の活力になるんだろうと思います。

そしてやはりそれは人と比べるものでもないし、
競うものでもないのです。

投資では人を妬むとか日常でよく見かけますが、
写真の世界ではあまりそういうことがなく、素直に他の方の作品に共感し、感動します。
投資はお金で定量的なものがみえてしまうのがよくないのかもしれませんが、
本質的な構造は同じだと思うので、写真のように投資も自分の中で楽しめるようにありたいです。
そうあるために、やはり私は企業と共にあることを重視したいし、
人により重きを置きたいと思うのです。

それは正しい道ではないかもしれません。
シュールな写真のように理解を得られないこともあるかもしれませんが、
それがいいなと改めて思ったのでした。


さてカメラについてですが、
今年はいよいよフルサイズミラーレスが躍進してきました。
各社、だいたい中級や上級機種でモデルチェンジの参考出品とかあるのですが、
キヤノン、ニコン共に一押しはひたすらフルサイズミラーレスです。
ステージ上で入れ代わり立ち代わり、先生たちも推しまくりです(笑)。

専用レンズも拡充はしていくようですが、
今年、シュッピンが苦戦を強いられた市況変化が来年もまだトレンドが変わりそうで、
果たしてマニア層が本当にシフトするのかは予断を許さないかなと感じました。
私個人としては、フルサイズとAPSの従来の一眼から
ミラーレスを加えるなんて考えられないのですが、どうなるでしょうかね。

他にもいろいろ書きたいことはあるので、
そろそろ自粛しておきます(今更ですが)。


それで、実はまた面白いというか恥ずかしいことがありました。。。
まぁ結果、嬉しいことなのですけどね。


こういう場には多くのブースにコスチュームを纏ったコンパニオンさんがおられます。
彼女たちはプロなのでポージングもとってくれるので、
ガチのストロボ付けたカメラ小僧が群がるわけですよ。

それで、私も一応レフをぶら下げています。
ただコンパニオンさんを撮ることは通常あまりないので、ストロボもつけてなかったんです。

ところが、MCJでぼろ儲けしている個人投資家の事も頭にあり、
そもそもパソコン欲しいという事情もあり、
更にブースの講座が魅力的でマウスコンピューターのブースに結構入り浸っていました。
そして、コンパニオンさんの衣装がかわいくて、
まぁ目の前で講座終了後、ポージングしてくれるシューティングタイムがあり、
そうなれば自然にシャッターを押すわけですよ。
まぁ押してしまえば、私も烏合の衆です(笑)。






当然のことながら、キュートな笑顔に癒され、
胸に望む谷間に魅了され、
そんな卑猥な感情を含んだあるがままの自分をツイートするという暴挙に出て、
そして見事にご本人からいいねが来て、青ざめるという(笑)。






そして、ご本人から、白状お待ちしていますとのリプがぁぁぁ。

わかりますかね、このいい大人がおっぱいと喜んでたら、
まさかのご本人からいいねがきて、白状に来るの待ってるね、ニコっって。
嬉しいような、恥ずかしいような、申し訳ないような。。。

で、言葉通り白状しにいくのか、受け流すのか、悩みましたよ。
こんなところにきて、こんなことで悩むなんて・・・(笑)。

で、結局、失うもののない私は白状しにいきました。
というか、何にそんなに恐れているのと思うかもしれませんが、
皆さんとても美人さんで話すのも恐縮してしまうくらいなんですよ。

ひと時の葛藤の後、声がけさせて頂き、
そして彼女たちはアイドルのようなものですからもちろん喜んでくれると。
それがお仕事でもあるのですから当然なのですが、
まぁ単純ですから、私も応援したいと思ってしまうわけで、
フォローするという(笑)。

とりあえず、次のパソコンはマウスコンピューターですね~
いや、実際、ハンズオンで色々いじりましたが、値段も高いですが、
構成もよくて気に入りましたよ。

帰宅後に、慣れない女性のポートレートの現像を施し、
ご本人に写真データをお送りして、喜んでいただけました。

めでたしめでたし。

最近、つくづく自分は考察力が足りないなと思っています。
ある事象に対してどうしても表面的な部分で判断を下したり、
逆に細部の無視してよいところに目を向け、
本質とずれた思考をしていたりする自分を実感しています。

そして、そんなちっぽけな私のことをツイッターで多数フォロー頂いたり、
あるいは某スレではタイトルに名前を付してまで叱咤激励を頂き、
色々な意味で本当にありがたいことだと感じています。

私も普通の人間ですから、多くの方にみられていると思うと、
どこかで認められたいとか、有益な情報を共有したいとか思うわけです。
しかし、冒頭の通り、私には特筆すべき得意なことはありません(残念っ!)。

騰がる銘柄はわからないですし、市場トレンドの読み方も知りません。
テーマも追いかけていませんし、
広く銘柄を知っているわけでもありません。
特殊な指標の見方や情報処理方法はもちろん、
有能なツールをご提供することも出来ません。
あるいは社会問題や時事ネタ、歴史を考慮した示唆のある展望も持っていません。
金融リテラシーも決して高くなく経済ニュースも聞いてなんとか理解する程度です。

---全てにおいて偏差値50の凡人なのです。
その上、現状からの上昇志向もなく、
これらのことを知り特筆すべき特技を身につけよう!という
マインドもありません(終わってますね・・・(笑))。

別に自分を卑下しているわけでも謙遜しているわけでもないんです。
これが実情であり実感だということです。
私はわかったふりもしないようにしていますし、
自分のことを意識が高いなんて思ったこともありません。
むしろ色々な基本的な教養が不足していたり、
前述の通り意識もむしろ低い系かもしれません(笑)。

そんな私なので、本来は自己対話の意味合いを中心として、
細々とSNSを続けていけばよかったのですが、
幸いにしてか不幸にしてか、幾ばくかの方々にご覧頂けるようになりました。
しかし、実は中身の薄い凡人の運営するSNSだったというわけです(失笑)。

ただ、ここで捻くれていても仕方ありません。
そもそも私がSNSを始めたのはどうしてだったのかを思い返すと、
投資家として未熟な自分を晒すことで、自分自身や他者の目線で
牽制効果を持たせるためだったり、
あるいは決算フォローなどで自分自身をごまかさないようにするためでした。
私のような凡人がクローズドにやっていては、
ルールの逸脱や目先に右往左往するなんて必至だったわけで、
それを少しでも軽減したいし、そのありのままを見て頂き、
多くの方々に叱咤激励を頂くきっかけにもなればと考えたわけです。

このような原点に返った時に、
改めて、認められようとか有益な何かを共有しようなどという発想は、
そもそもが自惚れなのだと認識を持つべきだなと思いました。

特にツイッターでは、即時性や多くのフォロワーの方へ
無意味な投稿を続けることを遠慮しないとと遠慮してみたり、
ブログもついつい差し障りのないミニマムな運営に最近は特に注意を払ってきました。
しかし、所詮な凡人の運営するSNSですから、
身丈にあったローカルな情報発信なのだと開き直り、
もう少し自分本位でいいのかなと思うようになりました。

というわけで、これまで以上に配慮のない愚考で自分本位な運営をしたいと思います。
特にツイッターはこれまで以上に無駄な投稿も増えると思います。
ですので、遠慮なく、フォローを外す、ミュート、ブロックなりして頂ければと思います。


なお、個人投資家の方々は皆さん優秀ですが、
一方で私のようにいわゆる凡人だと自認されている方もおられると思います。
そういった凡人でも投機的な賭けのようなことをしなくても、
あるいは忙しなく機敏な対応を取らなくても、
投資を楽しめる(儲かるとはいってません(笑))ということを
今後も身をもって示し続けていきたいと思います。


今回もまた、全く儲かりそうな話とは無縁で申し訳ありません。
そして今後も儲かりそうな事は書けないし、書かれない点、ご了承くださいませ。
それでもお付き合いして下さる方は、今後もよろしくお願いいたします。


私はSNS上でしがない投資家として、
SNS発信を続けていますが、なぜこんな行動を続けているのでしょうか。
自分は何を目的に自らの言動の一部を記録し、発信し、
時には非難を浴びたり揶揄をされながらも、それを続けているのか。
そんなことを改めて立ち返ってブログやツイッターをやられている方は
少ないかもしれませんが、なんでだろうと思うきっかけもあり、
少しその辺りの考えを記してみたいと思います。
(と、このことを書くのもまた何でだろうと思うわけですけど)


ベストセラーになった「嫌われる勇気」によって
アドラー心理学は広く認知されるようになりました。
私もミーハーですから、この書物をきっかけに
本格的にアドラー心理学の考えに影響を受けています。

アドラー心理学はその捉え方や自分自身へどう映すかというのも
人それぞれではありますが、
ある意味では、とても個を重視した考え方だと認識をしている所です。

アドラー心理学では自分と他者を明確に区別しているように感じます。
自分の課題と他者の課題というものは明確に異なるものだと扱い、
自分の言動は自分の課題に向かってなされるものであるべきであると理解しています。
ですから、他者の課題については放っておけばよいということです。
このように、アドラー心理学の捉え方を実践するとどんどん自己中心的な発想になり、
これが「嫌われる」ということと紐づいているのだと思います。
ただ、自分でそんな嫌な奴であるわけがないと思いつつも、
改めて自分の心に問いかけてみると、
確かに自分のあらゆる行動は、自分自身のためになされていると解釈すると、
色々と合理的だと感じるわけです。

サラリーマンとしての振る舞い方にしても、
父として子供に向き合う日々においても、
投資家として投資活動やSNSで情報発信をしていることについてもです。


しがない投資家として、私もSNS上で様々な意見に学ばせてもらったり、
あるいは貴重なご意見を頂くこともあれば、陰で悪口を言われることもあるのですが、
ここでも自分の課題と他者の課題という発想で切り分けてみると、
自分の行動の源泉にはどんな目的があるのだろうかと考えます。

私は自分の行動に対して、何を課題と認識し、何を目的に行動するのかと
客観的に自分をみることが多くなりました。
ある意見に同調するとき、あるいは反対に異を唱えるとき、
そこでは自分が自分であるというアイデンティティのようなものを
改めて主張し確立したい想いがあるのだと捉えています。
相手への共感は自分への信任に向き、
相手への非難は自分への肯定に向かっているように思います。

ちょっと何を言っているのかわかりませんかね・・・(笑)。


投資クラスターと呼ばれる多くの優秀な方々も、
その考え方や手法など様々なバックグラウンドを持ち、
自分の課題に向かって日々活動し、
自分自身の目的を果たすために行動されています。
こう書くと、他者への善意のために活動しているんだとか、
周囲の意見に耳を傾けてコミュニケーションを図る中では
「自分」だけではないというご意見もあろうかと思います。
ですが、やはりまずは自分なのだろうと思うわけです。

他者の課題は他者自身がそれぞれで対処すればよいことであり、
自分がどうするかに目を向けて行動するべきだし、
元来、行動はそのようにモチベートされているんだと解釈すると
色々なことがすぅーっと理解できる気がします。

投資手法でも宗教の違いで、是非が議論されることもあります。
あるいはある行動が他者から見れば煽りになりけしからんとか、
結果も出さない人間が言い訳並べるのは見苦しいというご意見もあります。
結果を出されている方を神格化したり、
あるいは声の大きい方をカリスマとして称えたりすることもあります。
ドヤっている人をみて目を細める人もいれば信奉する方もおります。

これら全てが自分の課題ではなく
他者の課題に介入する姿勢だからこそ生まれる感情なのだと思います。

他者の意見はその方のライフスタイルで形成され、
その意見を主張される行動そのものがその方の課題対処なのです。
他者のその行動の目的がどこにあるかなど自分には関係はないし、
それは目を向けても意味がないことだと解釈をすればいいのです。
私は自分の課題に対処すればよく、
他者の課題に言及も配慮も意見も賞賛もする必要がないんだというのが、
今の私の解釈です。
(こう書くととても冷徹な奴という感じになりますよね・・・)

ここで問題になるのは、ではなぜ私はSNSで発信するのか。
自分の課題対処にのみ集中して、他人からの賞賛も叱責も受けずに、
自己中心的な道を歩む、つまり嫌われる勇気を持って望むというのなら、
わざわざSNSで情報発信する必要なんてないじゃないか。

この問いにはまだ答えが出ていません。

このブログもしがないサラリーマンが投資を始めていく軌跡を
ありのままにお伝えし、
共感を頂いたりあるいは諸先輩方からありがたいアドバイスが
頂ければと続けているわけですが、
この恩着せがましい、そして図々しい動機も、
やはり自分と他者の立場が曖昧で、
どこかで自分を認めてもらいたいという発想があるような気がしてなりません。
自分を認めてもらうことが、私の課題なのか、目的なのか。

改めて、どう投資家として振る舞い、そしてSNSユーザーとなるのかを
考えてみたいなと思っています。

最後に、アドラー心理学では個を大事に扱いますが、
決して他者との関わりを否定していません。
思いやりを持ち、良好な関係を構築する素晴らしさも説いています。


こういったことも踏まえて自分が投資家として、SNS発信者として、
あるいはサラリーマンとして、親として振る舞うべきか向き合っていきたいと思います。


※アドラー心理学の捉え方に誤りもあるかもしれませんが、
私なりの解釈に沿って書いております。
嫌われる勇気というタイトル通り、こういう思考プロセスを持とうとしていること自体を
ネガティブに捉えられる方もおられるかもしれません。
なんだか気難しい奴、冷たい奴、つまらな奴と思われたなら、
それはそれで結構でございます。


SNSをやっていると様々な考え方に触れることになりますが、
改めて自分が投資とどう向き合うかについて、
自分なりの考えを改めて自分に言い聞かせようと思います。

自分との対話であり、考えもまだ纏まらない部分もあり、
読みにくく、また矛盾している点もあるかもしれません。
ただ、そんなありのままの姿を晒していくこと、
そしてそこから共感や異論などを頂くために発信を続けております。
長文となりますので、お付き合い頂ける方はお読み頂ければと思います。

主張はあまり変わらず退屈なものなので、
お時間ない方はスルーして頂ければと思います。
(せっかくお越し頂いたのに申し訳ありません)


■投資家として目指すもの

投資家たるもの結果主義で評価されるべきで、
パフォーマンスの優劣で器量が問われるのだという
ロジックはいつでもわかりやすいです。
きれいごとでもなんでもなく、
投資活動は儲けるためにやっているというのが根底にある
コンセンサスだからなのだと思います。
市場に参加している全ての人が、
資産を殖やしたいと様々なやり方で対処を行い、
その結果としてより多く殖えやせた方は神格化され偉くなります。
逆にうんちくばかり並べて一向に資産を殖やせない方へは
厳しい目が向けられます。
プロセスよりどれだけの結果を出したかが、
投資家として評価される主軸となっていると感じています。

私が投資家として目指すものも、もちろん儲けることです。
ただ前提条件がつきます。
それが自分にとって納得感の伴うものであるかということです。
(これがうんちくであり言い訳だと揶揄されるのかもしれませんけど)
将来のことは予見できない相場を相手にしていることですから、
自分の思い通りに納得しながら進められると思う事自体が
傲慢ではないかというご意見もあるかもしれません。
確かに私自身も思い通りになるなどとは思っておらず、
どんなに先見性をもっていても想定外のことの方が多いのだと認識しています。
ここでいう納得感とはより多くのことが想定内に収められるか否かという
短絡的な意味ではありません。

自分が自分の身丈にあった投資スタンスを見定めて、
自分の中で合理的だと思うことを遂行した結果であるかが大事
なのだと思います。
例えば、リスクをどの程度取るのか、どの程度のリターンを目指すのか、
それは配当をメインにするのか、値上がり益をメインにするのか、
あるいは日々の生活を彩る株主優待をメインにするのかという
基本的なスタンスもそうです。
また、ファンダメンタルズとテクニカルと2分される投資手法ですが、
それは単純にAかBかというのに大別されるものではなく、
双方が入り混じり実に複雑な状況を作っているものだと理解しています。
機動的に対応するのか、ただ見守るだけにするのか、
その時の判断はどう下していくのかも動き方として明暗が分かれます。

私は株式相場に向き合うと決めた時に、
素人ながら自分がスタンスをどう築き、それを保つのかということに
とても強い危機感を持っていました。(今でも同じですけど)
いざ投資をしてみると、様々な感情で不安になったり誘惑にかられたりします。
自分のスタンスには優位性がないのではないか、
隣の芝生は青くみえて、臨機応変に対応することが
早く資産を築ける近道なのではないかと。
もう少しテクニカルを見ないとダメなんじゃないか、
いやもっと視野を広げて・・・。といった具合にですね。

私には実績もなければ、拠り所になる根拠もないわけですから、
やはり怖いわけです。ただ、暗中模索で一寸先は闇なんだと思いながらも、
自分のスタンスを崩さないようにだけはずっと留意をしてきました。
結果を出すことは大切、だけどそこには自分が見定めたスタンスを鑑みた時に、
納得感のあるものなのか、そんなことに注意しながら今でも続けています。

ですから常に謙虚さをもっているつもりです。
自分は自分と向き合い実直に納得感を積上げて、
その結果として自分が求めるリターンが儲けとなり返ってくればいいと思っています。
投資家として本当に地味かもしれませんが、
少なくても結果主義で語られる優劣の評価には、
凄い人達が沢山いるわけですから、素人の私が同じ土俵に立つ必要などないのです。
SNSで情報発信をしているとどうしても多少なりとも承認欲求が生まれる面もありますが、
他人から評価をしてもらうことが目指すものではありません。
そこは自分の中ではき違えないようにしないとと思っています。

あくまで、儲けることを目指すことに変わりはありません。
ただ、そこに向けては様々な自己分析を映した投資スタンスを愚直に貫き、
退屈ながらも納得感を重ねながら経験を積んでいくことを楽しむのだ、
ということが私が目指すべき投資家としての日々なのだ
と思います。
そこには目を引くパフォーマンスという結果で優秀だと評価されようという視点は、
自分にとっては必要ないのだと改めて自覚したいと思います。



■投資銘柄との向き合い方

では、そんな理想のような目指すものを掲げた自分は、
具体的に投資銘柄とどう向き合うのかという話です。

これも投資スタンスによって様々だと思います。
各個人のスタンスに他人が優劣を付けるべきものではないではないのと同様、
その向き合い方も優劣などで語られるべきではないと思います。

どんな事業かもろくに知らないけど値動きをみて取引するのだって、
(私には理解できませんが)そのスタンスの方には正解です。
徹底的に会社のことを調べつくして細部に渡り確認を経る方もいるでしょうし、
テーマ性で買ったり、最近流行りのイナゴとか、
まぁ色々な向き合い方があるのだと思います。
私は多様性をできるだけ受容して、
自分と違うスタンスであるテクニカルやインデックスも否定はしませんし、
その方にとって合理的だと思えるのであれば、
その中で納得感を高めながら向き合っていってくれればいいのだと思っています。

私はというと、やはりその企業の事業活動の面白さや、
そこで働く役職員の方の中から醸成される組織面の魅力なんかを大切にしています。
もちろん定量数値などをある程度は細かく見てはいきますが、
最近では細部を突き詰めることから、
もう少し大局観に捉えるようになってきた実感があります。

このように会社の出来るだけ内面を知りたいというモチベーションがあり、
その会社の事業のこと、数値のことなどを自分なりに纏めて、
実際に株主総会などの対面の機会などで雰囲気を感じたりして、
一種の陶酔をすることを目指しています。
陶酔することを目指しているとかいうと、いやいや銘柄に惚れるのはご法度だよと、
ありがたいアドバイスを頂きそうですが、
私は銘柄に惚れることはトータルでみれば良い事だと捉えています。
弊害として陶酔することで本来見つめるべきネガティブな要素を見落としがちになる、
ということは気を付けないとなりませんけどね。

また精神論のようになりますが、その会社で役職員の方がどんな風に活躍しているのか、
また投資家に対してどういうスタンスで接して下さるのかといった、
「人」がみえることはその会社を好きになることにもなり、
好きな会社に投資できているという自分の中での納得感にも寄与してくれます。
もちろん裏切られることだってあるかもしれませんし、
人が良すぎるだけと見られるかもしれませんが、
そういう次元で好きになって向き合えることは、幸せなことだと思うのです。

ある会社に投資をするという時に、
その株価は騰がるかなという目線で当然ながら測定はしてみます。
ただ、その前提にその会社のことがある程度好きでないと、
自分の中でしっくりこないのです。
あの社長の心意気や熱量に期待をしたいといって
経営を任せてみるといった感覚もあるわけです。

そして自分が感じた魅力はもちろん、その会社の懸念点なども含めて
時には個別銘柄に関してSNSで発信することもあります。
個別銘柄へ言及することへの賛否もありますが、
個人が個人的見解として情報発信すること、
そこに株価操縦や風説の流布といった悪意がなければ
なんら規制を受けるものではありません。
(悪意の有無はなかなか評価が難しい面はありますけどね)
よく煽りの是非なんて議論もされますが、
私は煽っているつもりはありませんし、
ただ自分の見立てを整理し、それを客観的にも見て頂けるのであればと
発信をしているだけのことです。
もちろん受け手にとってそれが煽りだと感じることもありますし、
心証を害す方がおられる可能性があることは想像はしています。
ですから常に発信する時にも自分なりに配慮をしているつもりですし、
ここでも驕らず謙虚に発信をしているつもり
です。
従って、私は自分の価値観に基づき、、今後も個別銘柄について、
個人的な見解については発信を続けると思います。
(まぁ、そもそも私のような素人の見解をいちいち見てる方も少ないですけどね)

投資銘柄への向き合い方は、
自分がその会社のことを好きになる要素はあるかということ、
とりわけ組織的な強さを感じられることが重要
だと思っています。
成長性や割安性だとか様々な視点で定量的な結果もしてはいきますが、
その銘柄に惚れるくらいの深堀をして、
ここでも納得してその会社へ託すつもりで向き合っていきたいと思います。
またそのプロセスについては、SNS上でも配慮しつつ発信を続け、
第三者的な視点も踏まえながらトレースしていきたいと思います。


■他の投資家との距離感

自分が投資家として目指すもの、
そしてどういう視点で投資先を見ていくのかを決めれば、
あとはそれを実行していくだけです。

そこには日々不確実性を伴い躁鬱を繰り返す市場と、
それに対して自己分析を映したスタンスを堅持した自分との
2者の間での根気比べのようなものです。

ただ厄介なのは他の投資家との関わりです。
これを厄介と感じていること自体が、
まだ自分のスタンスや目指すべきものに覚悟が足りないのかもしれません。
ですが、実態として他の投資家との関わりは実に厄介なことと認識しています。

他人とパフォーマンスを比べても意味ないとかよく言われます。
あるいは宗教の違いによる双方の投資手法の是非についての応酬もよく見られます。
ファンダかテクニカルかとか、インデックスやアクティブなみたいな
わかりやすいものもありますが、細かな点でそれぞれの正義がぶつかることがあります。
比較による妬みや価値観の相違による論戦などに晒されることは、
それの当事者になれば益々、非建設的な消耗を強いられることに繋がります。

正義と言えば、私が自分の銘柄理解を深めるための銘柄分析シートにも、
著作物の扱いについて不適正というコメントも頂きました。
(これはもちろん私がいけないことなので、私は今後は開示をやめますけど)
これももちろん一義的には厳密にいえば私がいけないわけで、
広い意味で他の投資家の方との関係性から生まれたことです。

あるフォロワーさんは、そもそも前提の認識が合う事など難しいので、
議論を交わすこと自体がほとんどの場合、無意味であると仰います。
私は本当にそうだなと最近は特に共感をするところです。
SNSで発信している方の多くが、やはり自分が正しく正義であるとどこかで思っています。
私ももちろんそのように思っています。
でないとリスクを取って自分が納得してやっているっていえませんからね。
ですから本来はそんな自分を信じ、覚悟を決めて、
孤軍奮闘して向き合えばいいのです。ですから2者の間での根気比べなのです。

一方で私は出来るだけ多くの意見に耳を傾けて、
何か学びになることがあれば参考にしたいとも思っています。
それはある銘柄が云々というよりも自分が投資とどう向き合うかということです。
これは自分の根源的な部分なので、容易く変えるべきものでもないし、
変わるものでもないわけですが、それでも自分のスタンスをより強くしたいと思っていて、
それは一義的な自己研鑽で築かれるべきですが、
第三者的な視点でみるというのも良い面もあるかなとは思っているわけです。

ですから、多様性のある考え方に触れて程よい距離感で
他の投資家と接していけるといいな
と思っています。
この距離感を間違うと、自分のスタンスを捨ててしまい足元をすくわれて、
納得感が伴わない結果を生むこともあります。
(儲かるか損をするかはわかりませんけど)
自分が投資家として何を目指し、どう投資銘柄と向き合うかということについて、
それを貫くためには、他者との良好な関係もまた大切な要素だと思っています。
その意味でも議論することは無意味であるということは
私もその真意は実感するところですが、
私は敢えて周囲の声を拾ってみたいなとも思っています。

ただ、残念なこともあります。
最近では、あるやり方を頭ごなしに否定したり、
あるいは揶揄して卑下しているかのように思わせるような残念なシーンも散見されます。
(自覚があってのことか、無意識かも人それぞれだと思いますけど)
私は偽善だと言われるかもしれまんが、
出来るだけ異なる立場の方に対しても謙虚であり、
双方の立場を尊重したコミュニケーションがあるべきだと考えています。
とりわけSNSは相手の顔がみえないわけですから、
より注意を払うべきだと考えています。
差し障りのないようにしようと言っているわけではありません。
厳しい意見の応酬はあっていいと思っていますが、
そんな中でも相手の立場を尊重して交わされるべきだと言っています。
(これも価値観の押し付けだと言われるかもしれませんけどね)

ある方が取り組まれているやり方を無意味と切り捨てたりするのは、
そう思うのは自由ですし、その是非を相手の立場を尊重しながら
意見を戦わせるのは良い事だと思いますが、
一種のネタにする、卑下するようなやり方は、
私はとても不快に感じますし、そもそもなぜそれを公言するのか、
公言する目的は何かと勘ぐってしまうわけです。
その方がやられている事は、
その方の価値観の中で大事になされている事かもしれません。
それに異を抱くのは結構ですし、適正なコミュニケーションの下で是非を
議論する事は悪い事ではないと思います。

と、少し毒を吐いてみて、その後色々考えてみたのですが、
どの立場にも必ずそう行動する目的があると私は考えるようにしています。
ですからあまり過敏に他の投資家の方の言動について
言及するべきではないなと思いました。

相手を卑下して自分がマウントを取る事で
アイデンティティを確立出来るという人もいるでしょうし、
自分の主張をより多く共感してもらうために
敢えて炎上させるということもあるかもしれません。
相手の立場なんて生ぬるいことなんて考えられないという割り切りも
是非はともかくそういう立場があることもまた確かだと思います。
ですから、そういう前提で状況を受容し、
自分がそれぞれの立場で、
他の投資家の方とどういう距離感で付き合うかコントロールすればいいことです。
私は私で自分の抱いている目的に照らして、行動をすればいいのだなと思います。

いずれにしても、自分がどういう目的で投資をして、
SNSで情報発信を続けていくのかということについて、
他の投資家の方との距離感は未熟な私にとってはまだまだ
考えておかねばならない要素
だなと思いました。
欲への対処、異への対処、己への対処という意味で。

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