投資方針に忠実に退屈な投資で資産形成

オムニチャネルという言葉を最近聞かなくなった気がします。
一時期、顧客との間で様々なチャネルを持つことがもてはやされ、
ネットとリアルの融合の可能性が話題になっていました。
今でもこの潮流は続いているものと思いますが、
これが当たり前になったということなのでしょうか。

先日、このオムニチャネルサービスを消費者として利用したのですが、
そこで感じたことついて少しお話をしたいと思います。
結論としては、いくらチャネルの「仕組み」が高度化しても、
根源的に人材あるいは現場力が大変重要だなということです。


オムニチャネルというと、
一般的には小売店がリアル店舗とEコマースとの融合がイメージされ、
実際にオムニチャネルを前面に出した戦略が打ち出されています。
(もちろん、金融機関をはじめ、小売業以外でのオムニチャネル化は進んでいます)

ユニクロはリアル店舗を持ちながら、Eコマースへの誘導が鮮明です。
店舗で買い物をして、Eコマースでのクーポンを撒いたり、
サイズや色の在庫も店舗では欠品があっても、
Eコマース上では比較的在庫も豊富に取り扱われています。
一方でEコマースで注文した際の配送については、
逆にリアル店舗での受け取りによる店舗活用や、
コンビニ各社等と連携することで、
少額配送に対しても集中配送による効率化で対応しています。
ユニクロのこの戦略が奏功しているかは評価が分かれる所と思いますが、
利用者目線では確かにオムニチャネルの実現により便利になったと感じる所です。

私が保有するシュッピンという会社は、
Eコマース特化の意識が高い会社です。
カメラや時計といった高額商材のリユース品を中心とした商材を扱いますが、
私は同社においてもオムニチャネルを実感するところです。
実はカメラ、時計とそれぞれに1店舗ずつのリアル店舗がありますが、
ここでの専門知識を有したスタッフや実際のリユース品の品質管理など、
リアルに体験することが出来ます。
その状況を見ることが出来るからこそ、
ネットを介して安心して買い物ができるという面もありますし、
逆にネットで吟味して取り置きをした上で店舗で購入なんてケースは、
特に時計では多いようです。
また、一言でネットで販売といってもそのきっかけとして
PCはもちろんスマホやタブレットいったハード毎のチャネルを意識していたり、
写真共有サイトのSNSに関心を持ってもらって誘導するなんて
新たな試みにもチャレンジしており、
これも広義的にオムニチャネルの一環と理解しています。
(リアルで撮影した写真の投稿やその情報と購買への結びつけ、ネット活用という点で)


オムニチャネルは、様々なチャネルで顧客と接点を持つことで、
利便性を向上させるだけではなく、
購入機会をより増進させる効果を出すという側面があります。
このサイクルがうまく機能するとより顧客から支持されますし、
結果トップラインも伸びていくというわけですね。

しかしです、このオムニチャネルという構想を実現したとしても、
それを機能させるかどうかは、やはり人材、現場力がものをいうわけです。


一つ目の事例として、以前に株式を保有していて、
利益こそ出たものの私の中では失敗投資となったジーフットについてです。
ASBEE等の靴屋さんを展開する同社は、
イオン系列ということもあり、モール内などに積極的に店舗展開をしています。
同社では接客コンテストなんて催しながら、
顧客満足度をあげる取り組みを重ね、
商品展開もPB化を進める中で、店舗拡大によるトップラインの向上と、
PB化推進による原価率低減が相まって成長を続けてきました。
店舗でもタブレットを活用したリアル消費動向のチェックなどの施策を
経営サイドが進める中で、当然ながらネット販売との融合にも対応してきました。

靴は洋服以上に在庫管理が難しく(バリエーションも多く箱も大きい)、
ABCマートのようなドミナント戦略に基づく
在庫融通の仕組みも取られてませんでしたから、
店舗とネットを融合する着目点は面白いと思ったわけです。

サイズ×色の希望の品が欠品していても、
店舗で決済を済ませて後で自宅に商品が配送されてくるというのは、
購買機会の獲得も漏らすことなく魅力ですし、
ネットで取り寄せしておき、リアル店舗で試着して購入判断をするわけで、
きちんと機能すればとても良い仕組みです。

しかし、残念ながら私が消費者としてASBEEに行って、
一度たりともこのオムニ戦略のオの字を感じることは出来ませんでした。
そもそも試着していたり商品を探していても、
店員さんから声を掛けられることもないですし、
こちらから声をかけてサイズを申告しても、
「今在庫ないですね」、以上みたいな(笑)。

私の中の期待としてはせっかくオムニチャネルの仕組みがあるのであれば、
商品を探している時に、店員さんがサイズや色を聞き、
場合によっては店舗陳列がない色までもタブレットとかで見せてくれて、
なんなら荷物にならないように配送しますか?くらいの提案が欲しいです。
そして、あと1品買ってもらえれば配送料も無料になるので、
お子様の靴もいかがですか?くらいあってもいいですよね。
もしタブレットで顧客情報取れれば過去の購買履歴から、
よりフィットした商品を提案してくれれば満点だと思います。

しかし、残念ながら、そもそも店員さんのモチベーションが低いのか、
単に経営が用意しているオムニチャネルの仕組みを知らないだけなのか、
真意はわかりませんが、せっかくの仕組みを死なせてしまっているなと感じるのです。

一度、株主総会でこの件を踏まえて、人材や現場力について質問しました。
せっかくの仕組みが活かされていない課題を踏まえた、現場力への対応についでです。
しかし、経営の認識としては人材育成には力を入れているし、
今後も頑張るという薄い回答でした。
これが2年続き、この無策ぶりに我慢出来なくなって株式を売却しました。



二つ目の事例として、もうひとつの残念な事例を最近体験しました。

セブンアンドアイホールディングスが展開する、
イトーヨーカドーでの買い物のシーンです。

某店舗で日用品の買い物をしていたのですが、
たまたま私の欲しい商品だけが欠品していました。
(イトーヨーカドーでしか買えないものだったのです)
そして、店員さんに在庫がないか確認をするわけで、
まぁよくある話です。

在庫があれば問題がないわけですが、
在庫がないとなるとまぁ普通はお取り寄せしましょうかの
ルートに入っていきますよね。

当然ながら在庫がなかったわけですが、
限定品なので取り寄せは出来ないというわけです。
仕方がないので、近隣の店舗で在庫があるか
確認してもらうことにしました。
すると数駅離れた店舗に1個在庫がありますということでした。
ですので、改めてそれを取り寄せは出来ないのか聞いたところ、
店舗間の在庫融通はできないんですといわれてしまいました。
まぁ仕方ないか、では取り置いてもらって、
その店舗まで足を運ぼうと思ったのです。(定期圏内でしたしね)
すると、取り置きもこの店からは出来ないというのです。
え?じゃあ、その1個を競ってダッシュするってことですか、、、。
この辺から既に嫌気がさしてきます。
もちろんクレーマーになりたくないので、
店員さんとは穏便に相対しましたけどね。

お店を出て、その在庫を持っているという店舗に電話します。
(普通ならここでもう諦めますけど、事情があって絶対欲しかったのです)
担当売り場につなぎますと転送され、一旦担当者いないから折り返すということで、
ようやく担当売り場の方とお話をします。
そして該当の商品の取り置きをお願いすると、快諾して対応してもらえました。
ん?取り置きできるじゃんって思いますよね。
そして定期圏内とはいえ、
今から電車に揺られ買い物に出掛ける面倒さに辟易しながら、
お店のゲートを出ると、そこにオムニセブンの旗がなびいています。
ん?まさかと思ってオムニセブンのサイトをネット検索すると、
私の欲しい商品が普通にオムニセブンで買えることが判明しました。
配送料も近場の店舗受け取りなら無料です。
早速ネットで注文をして、取り置きしてもらった商品をリリースしてよい旨を電話して・・・。
商品の受け取りは取り寄せも取り置きも出来ないといわれた店舗ではなく、
更に近場のセブンイレブンにしましたけどね。


はっきり申し上げて、イトーヨーカドーの日用品の売り場なんて、
閑散としていて、私が在庫確認した際も、店員同士が雑談をしている位、
ヒマな感じなんですよね。
そんな中で、取り置きも受け付けず、まるで売る気のない店員が残念でなりません。
鳴り物つきでオムニセブンを始めてもう数年が経った気がしますが、
せめて在庫確認の時に、オムニセブンからのネットなら買えるようですよ、
くらいの提案があっていいですよね。
なんなら、自店舗を受け取り店舗にして発注する(実質、取り寄せみたいなもん)にしても
いいと思うわけです。
なぜこれをやらないのか、やれないのかと考えた時に、
やはり人材及び現場力の問題なのかなと思いました。


ジーフットでもセブンアンドアイでも共通しているのは、
オムニチャネルの仕組みはそこにあるのです。
きちんと、いや普通に使えれば、消費者におお気が利くねと思ってもらえる
基盤がそこにあるのです。
そんなに扱うのに難しいものではありません。
なにせ、個人がスマホでピッツピッやればモノが買えてしまうわけですからね。
でもそれを普通に仕組みとして活用しようという気が現場に全くないのです。

オムニセブンがアマゾンに勝てるのかなんて、この仕組みが始まった頃、
記事などでも取り上げられていましたが、
そもそもその次元ではないのです。
なにせ基盤だけあって現場が全く使う気がないのですから。
商品数が少ないとか配送網の工夫など、
様々なネット融合に対する課題対処への議論が交わされていましたが、
一番の問題は当たり前の結論ですが、人材と現場力の欠如ということだと思いました。


投資家としては、
最近は何かとIT化、業務効率化、AIなどなど言われており、
どういう仕組みが入るかということに関心が向きがちですが、
その大前提として、人材そして現場力が備わっているかという点に
改めて注目しないといけないなと感じたところです。

逆に仕組みが脆弱だったとしても、
人材や現場力が高ければなんとかなるのかもしれませんし、
それを仕組みにより高められれば伸び代はとても大きいものなのかもしれません。


経営目線では、組織が弱体化しているから、
何か新しい仕組みを導入してイノベーションを起こそうとなると思うのですが、
それは順番が間違っているのでしょう。
人材の底上げや現場のモチベーションをまずはあげるための施策を考え、
もっとやりたいという現場の声に応えられるような
効率化やスケールする仕組みを入れていくという順番なのだろうと思います。
(理想であり難しいとは思いますけど)

私もサラリーマンとして働く中で、
仕組みを導入するもしくは検討する立場にもありますが、
そもそも人材レベルやモチベーションが一定水準以上ないと、
いくら仕組みを入れても活用されませんし、
改善より寧ろ改悪に向かっていくということを実感しています。
よくある形骸化というやつですね。

ですので、人材や現場力が高い、すなわち組織力に秀でていると感じること、
そしてそれはその会社が好きになることにも通じるので、
そういう会社を選んで、自分が末永く納得して投資していける会社と
歩みを育んでいきたいなと思います。


事例として挙げたのはあくまで私が体験した不幸な所にフォーカスした内容で、
両社そのものを否定する趣旨ではありません。
ただ、身に降りかかった事実を記載しており、他意はありません。
主張したいことは、人材や現場力は大前提として必要な要素であり、
いくら高度化した仕組みもその要素が欠けると活かされないということです。
そして、自分が投資先として選ぶ際には、
仕組みとしてすごいことをやっている(やろうとしている)という視点の前段に、
それを活かす人材や現場力があるかという点を注目しようということです。



人気ブログランキングへ

日経BP社から発売された「日本の億万投資家名鑑(必勝編)」の中で、
以前に日経マネー誌に掲載頂いた内容をベースとした記事を掲載して頂きました。

今回は、以下の事について少し整理をしておきたいと思います。

0)前置き
1)メディア露出について
2)投資行動のあり方について
3)多様性の中での自分について
4)記事作成までの内情


0)前置き

今回掲載頂いた雑誌は以下のものです。
なお、以下はアマゾンアフィリエイトリンクとなりますので、
気になる方はクリックしないようにされて下さい。




■過去の日経マネー誌掲載時の記事
2018年4月号
2018年1月号

それぞれの記事において、私の自己紹介投資方針に関して
言及していますので、改めてここでの記載は割愛いたします。


1)メディア露出について

メディアに露出するということについては、賛否両論あると思います。
特に私のように特段なスキルを有しているわけでもなければ、
特筆すべき努力をしているわけでもない者が
このような形でメディアに登場することに対しては、
客観的にみると調子に乗っているとか、
眉唾もんだと揶揄されることもあるかもしれません。

もちろん、私も自分の能力やポテンシャルをそれなりに自覚していますから、
億り人でもないのに、このような雑誌に登場することに、
遠慮する気持ちは誰よりも実感しているつもりです。

しかし、それでも敢えて露出しているのは、
いくつかの思いがあってのことです。

第一に、編集部の方々が、こんな私のような素人にも日を当ててくれようと、
お声掛け頂いた事に対して、
無下に遠慮を盾に固持することに躊躇いを感じたということです。
場違いであろうと、ありのままの自分を知って頂いて、
それでも掲載頂けるのであれば、恥を忍んで露出しようと思ったのです。

第二に、きっと私のような一般的なサラリーマンで、
良くも悪くも平均的な家庭、貯蓄水準を持つ者が、
特段のスキルや能力がなくても、
ゆっくりと資産形成に取り組めることを示していきたいという思いがあってのことです。
私がSNSでありのままを発信しているのは、
このような思いがあることと、自分が自分を見失ってしまわぬようにという
自己牽制の意味合いがあるわけですが、
それを自己発信だけでなく違うカタチでより第三者の目から見てもらうことは、
私のこのような思いと合致していると考えたのです。
メディア露出といえば、億り人が当たり前ですし、
常人からはかけ離れた努力やどん欲さに満ちた方が多いように思います。
そういう中で、私のような怠慢な凡人が登場することは、
マス層(と勝手に私が思っている)の方は少しばかりの親近感をもってもらえるかもしれません。

第三に、メディアに露出することで記者の方々から
様々な観点で質問を受けたりするプロセスで思考が深まる機会を頂けることです。
そのプロセスでは改めて自分の投資に対する細部の部分を省みたり、
質問に答えるために改めて調べることを通して気が付けることがあります。
質問を受けないと思考が回らないのかなんて呆れられるかもしれませんが、
私にとっては記者の方々とのやり取りは新鮮そのものであります。

多くの優秀な個人投資家がひしめく中で、
益々私は埋没していくわけではあり、
今後はそんなにお声掛け頂くことはないかもしれませんが、
ただ、こういう機会がまたあれば、それを大切にしていきたいなと思います。
凡人投資家代表みたいな(笑)。



2)投資行動のあり方について

メディアに露出することの弊害のひとつに
プライドやプレッシャーによる行動のブレが挙げられると思います。
特に私のような駆け出しの投資家の場合、
少しメディアに露出することで、調子に乗ってしまうと、
よりそのリスクは高まるように思います。

私も人間ですから、多くの方の目に触れるようになると、
少しでも実績をあげたいとか、新しい挑戦で注目を浴びたいとか、
そんな人並みの煩悩に苛まれることもあります。

誰も気が付いていない妙味の高い新鮮な銘柄を組み入れたり、
変化に富んだ手法を常に模索していつでも実績を積み上げて、
プライドやプレッシャーへ応えていきたいとですね。

ただ、私は絶対に絶対に自分の投資方針を曲げないようにして、
この退屈な投資方針を遵守したいと思っています。

変化に機敏なこと、常にフレッシュなポートフォリオで相場に対峙していること、
これは並大抵のことではないですし、万人に出来ることでもないと思います。
その中で、自分が少し有名になったと勘違いして、
自分の能力や器にそぐわない虚勢を張ることこそ、愚弄なことだと思っています。

私のような駆け出しの投資家こそ、
色々チャレンジすべきというご意見も大いに理解しますが、
私の投資方針には色々チャレンジして早急に億り人になる、
なんてどこにも掲げていないのです。
であるならば、自分のペース、自分の性格、自分が置かれた家庭環境、
あるいは自分の趣味など自分のアイデンティティの中で、
どう投資というものが位置付けられ、
自分を知る中で自分のペースでやっていくべきことなので、
メディアに出ようが、自分の投資行動は絶対にブレないようにしていきたいのです。
投資家としてメディアに露出しても、
カメラ片手に週末は出掛けますし、家族との時間も大切にしますし、
投資に充てる時間も楽しいですが、全てを注ぎ込む程、頑張りません。


3)多様性の中での自分について

編集部の方から献本を頂きまして、
私も改めて他の方の記事も少し目を通し始めているのですが、
どれも勉強になるなんて人並みの感想を言うつもりはありません。
やはり共感する内容もあれば、異論を唱えたい考えもあります。
投資に限らずですが、人それぞれ価値観も異なり多様性がありますし、
答えは数学の世界のようにひとつではありません。

例えば冒頭の対談記事では、初心者(資産が少ないうち)から、
集中投資でリスクをとって資産を増やしていくことが肝要であるという
趣旨の論調の箇所がありますが、私はここは多いに疑問を持っています。

有効な議論を進める上では相手の立場を論破しないようにすることが
重要だと言われるわけで、私も全面的に反対をして
議論をしたいとも思わないのですが、
ただなぜ集中投資を推す立場があるのか、
それが自分の考える投資方針や求めるスピード感や規模と比して、
どこに差異があって生じるものなのかの考えを巡らすと、
なるほど、そういう考えもあるのか、
でも自分は違うと、より自分を知ることのきっかけになります。

こういう小さな気付きというか自分との対話の積み重ねが、
自己確立へ繋がっていき、投資家として独り立ちすることになるのではないかと思います。

書かれていること、とりわけスキル的なことを、
真似ようという発想で書籍に当たると、多様性の中で自分を知らないことにより、
何をしたいのか見失ってしまいそうになります。

ですから、多様性を認める中で、自分についてよく考えて、
自分なりの言動を確立させることが大事だなと思うのです。
当たり前の事をただ書いているわけですけどね。



4)記事作成までの内情

2018年4月号の記事で目標株価の作り方という内容で、
取材を受けまして、その内容をベースにしたもので、
今回の誌面として掲載頂きました。

目標株価を超えた際の対処という箇所で、
日経マネー誌では日本管理センターを取り上げて頂いておりました。
ただ、実は同社は目標株価を超えたというケースには該当せず、
今回は明確に目標株価を超えている丸和運輸機関に差し替えをいたしました。
別に日本管理センターの株価や先行きが不安だったからというわけではありません(笑)。

記者の方には、前回の記事をそのままでも良い所を、
敢えて手間をかけて対応下さり、ありがたいわけです。
こんなに多くの記事を一手に受け入れ、再校正する手間を考えると、
本当に大変なお仕事だなと思います。

私は日経BP社の回し者でもなければ、
何か宣伝を頼まれているわけでもないのですが、
そういう内情を知っているからこそ、
自分の宣伝というより、誌面をより多くの方に知って頂きたいと、
発売時期には些細ながら告知もさせて頂いています。

回し者のようで、嫌な気持ちにされている方がおられれば
それは申し訳ないのですが、そういう内情もあってのことですので、
ご理解頂ければ幸いです。


人気ブログランキングへ


私の投資判断の軸のひとつに、安定性という観点があります。

この観点では、収益構造に継続性の高い要素があるか、
巷ではストック性などとも言われていますが、
他社への流出のしにくさ、いわゆるスイッチングコストがどうか、
なんてことを考えながら評価をしています。
安定性という面では、不況耐性へも考慮を巡らし、
過去の業績推移も横目で見ながら、
対象とする企業がどのくらいの安定性を
持ち合わせているかを多角的に眺めているつもりです。
エンドユーザや顧客側の視点に立ったときに、
そのサービスや商品は削られやすいものなのか、
あるいはやめられないものなのか、
あるいは逆にニーズが増える要素があるものなのか、
そんなことを妄想しながら評価を下しています。


この中で最近よく目にする「ストック」という言葉ですが、
この扱いには改めて留意すべきだなと感じています。
企業側は自社の安定した収益基盤をアピールするために、
ここ最近とみにこの表現が踊るようになっている気がしますし、
個人投資家界隈でも高いストック性がもてはやされているように感じます。
ただ、本当にその構造はストック性のあるものなのか、
確かに契約やビジネス形態は定常的な収支を期待しているかもしれませんが、
それは脆く崩れる要素はないものなのか、どこまで岩盤なものなのか、
慎重に判断を下すべきという点で、留意すべきと感じています。
少なくてもストック性を有するから業績は安定すると
直結するような思考プロセスからは脱したい所だと捉えています。

それから、安定性という観点でいくら俯瞰して、
自分の中で確からしい評価を下し、
実際にその見立てがあっていたとしても、
株価が相対的に下がりにくいという考えは幻想だと思うのです。
ビジネス上で安定基盤のある収益モデルを持ち合わせていたとしても、
或いは外部環境の危機に見舞われた時のビジネス影響が軽微だったとしても、
株価は相対的に安定して推移することなく連れ安すると思うのです。


私はこれまでも今後も、安定性という観点で
ビジネス上の相対的な強さを測り、
それを踏まえた投資判断を下していくことは、
投資方針に掲げている以上、絶対に曲げません。
ただ、安定性が高いことにより、
株価が底堅く動くだろうという楽観的な感覚があるとしたら、
それは必ずしも真実でないよと自制するようにしたいと思っています。


結局のところ、長期的な株価の推移は、
企業の利益と市場の評価で決まるわけですが、
企業の利益において、いくら安定していたとしても、
それだけでは株価は語れないわけです。
当たり前の結論なのですが改めて頭に浮かんだので、
自分自身への整理のためにも記事にしました。


では、なぜ株価騰落という点において、資産を守れる要素には
必ずしもならないと考えている安定性への評価軸をもっているのか。
これは、自分が長期的に企業を応援して投資していることへの
納得感を醸成させる意味合いが強いものだと捉えています。

安定性が高いと真に考える場合に、
実際に安定した業績推移を示してくれていれば、
その会社へ投資しているときのマインドとして、
市場からの評価が下がって株価が下がったとしても、
自分の中に右往左往せずどっしり構えていられる要素になると考えています。
株価の予測はできませんが、
安定した業績を出し続けられるような会社をみつけて、
投資できているということへの充足感がまず大事だと思っています。
きっと多くの方が結果、つまり利益、資産だといわれると思いますし、
その考えは私も理解しているわけですが、
やはり私が大事にしていることは充足した気持ちで、
納得して投資を続けられることだと考えていますから、
このちょっと人と違う価値観も大事にしたいと思います。
(とはいえ、もちろん資産を増やすことをないがしろにする気はありませんけどね。)

ストック性や安定業績といった言葉に惑わされず、
株価の騰落にも寛容になって
本質的な価値に目を向け、リスクはリスクとして認識して
決して楽観視せずにいきたいなと思います。


最後に、自分の保有銘柄についてのストックや安定性への見立てを
いくつかメモしておきます。

まず、日本管理センタ。
同社は管理戸数の積み上がりによるストック性をアピールしています。
確かに管理物件からの収入はストック性の高いものがありますし、
規模が小さかったことから過去からの業績推移も一貫して安定しています。
この観点で評価も高めにつけていますが、
しかし、当然ながら入居者の入れ替えがスムーズに進むのかとか、
オーナーサイドのマインド、あるいは不動産市況や金融機関の動向によって
管理戸数そのものの増減も出てきますし、(実際足元はかなり鈍化)
そこからの収益性も異なってくるわけです。
ですから、ストック性といっても決して岩盤ではない要素がリスクとしてあるんだ、
というように捉えています。


私が安定性の軸で最高ランクの評価Sをつけているステップ。
こちらも過去業績や圧倒的な質を追及し実績を出している運営には、
目を見張るものがあります。
特段の懸念が生じなければ、一度入会すると、
卒業までずっと通ってくれる可能性が高いです。
従ってストックという意味でも岩盤な構造を持っていると認識しています。
とはいえ、足元で教室の募集状況にやや弱さがみられますし、
築いてきた信頼はちょっとした質の低下で一気に失望されることもあります。
その年の生徒の募集も学校におけるリーダー格の動向で
良くも悪くも左右されるという構造をもっているようです。
教育資金は景況感の影響を受けにくいともされますが、
それでも先立つものがなければ豊富な授業を与える機会も減るかもしれません。
大事なことは、その強い塾として質の向上というあるべき実直なマインドを
今後も持ち続けられるかが注視すべきポイントだと思っています。


安定性重視で組み入れた全国保証。
会計の仕組み的に売上が保証債務残高から薄く長く計上される仕組みですから、
当然ながら圧倒的に強いストックを持っています。
しかし、借り換え需要や金利動向によりトレンドが変わることもあるでしょうし、
与信コストがあがればボトムラインが崩れるリスクは常に孕んでいると
捉えるべきだと思います。どうしても今のような景況感のよい状態が続くと、
保証債務残高が積み上がり将来の売上が見通せることで、
安定性抜群というように見えますが、
それは間違ってはいませんが、ボトムラインも含めてみたときには、
様々な環境により影響は受けます。なので、会社も保全のために
BSを安全性の高いもので固めているわけですからね。


ストックビジネスを比較的以前から謳っていたエイジア。
クラウドシステムという毎月課金型のメール配信等を手掛けています。
毎月固定でちゃりんちゃりと収入が立つという意味では、
確かにストック性が認められますが、
消費増税後の小売業の販売不振により、
配信機会の減少やパッケージ・ライセンス販売の不振
という結果に陥り苦戦したこともあります。
規模もまだ小さく成長意欲も高い会社ですから、
相応の人件費をかけて製品開発や販促へと注力していくわけですが、
商品の競争優位性を確保できるのか、
あるいは新規顧客の開拓をどこまで進められるかという観点でみると、
必ずしも安定性が有していると言い切れません。
クラウド事業の構造だけみれば確かにストックといえますが、
スイッチングコストも比較的低めと思いますから、
高い技術力により実現される商品力など
ポイントを押さえたモニタリングが必要だと思います。

この他にも監視銘柄も含めて、
どこまで安定性という軸で評価できるか、
そして何もこの軸だけが全てではないので、
その大小に応じて他の軸も踏まえて総合的に判断していけばよいと思っています。


最近、自分自身でもそうですが、ストックとか安定とかいう言葉に、
過信しがちでもあるため、改めて自制のためにメモを残しました。



人気ブログランキングへ


私にはほとんど友達がいません。

あぁ、まるのんはコミュ障と自称してるし、
そりゃそうだよね、と納得をして頂けると思います(笑)。


多くの投資家の方はリア充の方も多いと思いますから、
きっと友達たくさんでハッピーな方が多いものと思いますから、
こんな私のことを嘲笑して頂ければよいのですが、
人との関わりって本当に難しいものだと思います。


学校のクラスとか会社の同僚のように共通したコミュニティがあれば、
そこでご一緒している方々と当たり前のように会話もしますし、
ご飯だってご一緒したりします。冗談を言って笑いあうこともあれば、
些細なことで喧嘩をすることだってあります。
こういう付き合いはコミュ障の私でも辛うじて実践しているわけですが、
改めて、ではこういう付き合いの方々が友達かといわれると、
少々悩ましくなるわけです。


私は学生時代からクラスや部活というものの他に、
いくつかのコミュニティを創ったり参加したりしたことがあります。
その規模は100人を超えるものもあり、
学生時代としては比較的大きなコミュニティだったと思います。
あるコミュニティでは、マスコミにも露出したこともあります。
多くの人が参画する中で人脈を広げ、多くの方と触れ合う楽しみみたいなことを
高校生以後では常に実感をしていたわけです。
共通の目的に向かって物事を成すすばらしさやその達成感は
若かりし頃の経験だから余計に美化されています。
そして、このような経験が今の自分の糧にもなっていると思います。
自分で言うのも憚られますが、比較的新しい事を立ち上げたり、
独自の視点での創造性は高いと自分を評しています。


一方で人脈を広げ知り合いが増えたということの裏返しとして、
虚しさもまた積もることとなりました。

そのコミュニティでそれぞれの目的を果たし、
その機能に一区切りついたあと、
すなわりコミュニティに固有の共通項がなくなった時には
やはり自然と人間関係も疎遠になっていくわけです。

本来は人間の本質的な魅力というか、面白さに惹かれあって、
あるいはもっと砕けた言い方をすれば一緒にいて楽しいと思うから、
関係性は持続すると思うわけで、
結びつく上でのきっかけであった共通項がなくなっても、
本質的な関係は持続するものだと思うわけですが、
しかし現実はなかなかそうもいかないわけです。

大学受験の折、高校生の頃に知り合ったある講師の方が、
こんなことを仰っていました。
「大学生になると学生の飲み会がたくさんあって楽しそうでしょう。
君たちも大学生になって、そういう生活に憧れ、楽しそうと思うかもしれない。
でも、彼らのほとんどはただただ寂しいんだよ。
だからただ群れて飲んだくれる生活に溺れることなく、
本質的な楽しみを見つけるような生活をするんだよ。」

その当時は何の事言っているのかわかりませんでしたが、
その後大学生になり、人間関係の儚さを感じるにつれて、
その意図がわかったような気がしました。

人は心細いもので、
共通項の下で人との関わりを求めれば求める行動は、
一種のアイデンティティの未熟さから逃れ、
現実逃避をする要素にすらなるのかもしれません。
その場が楽しければいいという
合理的にも思える考えのもとで繋がっていることに
すがっているのかもしれません。

私がコミュ障と自称するのは、
多くの人が集まる場、とりわけお酒が入って盛り上がる宴席は、
極めて苦手だからです。
ただ、その理由は、
所詮寂しいだけなんだろうという斜に構えたものではなく、
単純に自分が気持ち的に対応出来ないからです。
そこに集って人に触れれば様々な自分の知らない事に出会えるでしょうし、
そういう機会を大事にすべきだという一般論は理解しているのですが、
私はむしろ少人数でじっくりと語り合い、
密度を濃くした方が本質的に相手のことをより深く知れますし、
それが自分にとってもプラスだと思っているのです。


ここでの課題は、ではそんな少人数というか相対で、
私のような退屈な人間と交流を図ってくれる人がいるかという問題です。
そう考えるとさすがに自分でも自覚していますが、
私には投資家としてはもちろん、
人間性として特段の面白みがあるものもありませんので、
結果的に交流を図る方が少なくなるわけで、
あぁ私には友達がいないなとなるわけです。

ということは、他の方から魅力的だと思える人になれるように、
自分のスキルを磨き、人間性を高めることに努力をすればいいわけですが、
他者からの見られ方を意識してストレッチをしようと思うほど、
私は意識高くないわけですし、
それで手広くチャレンジしようという発想にもならないのが
自分でもイタイなと思うわけですけど。


こういう発想もまた、自分の投資行動にも影響している気がします。
投資する銘柄の趣向を変に手広くしていなかったり、
高めようという意識が低かったりと・・・(笑)。


そんなことを考えながら、
私は今、投資家の端くれとして、
このようにブログやツイッターを通して情報発信をしています。

それはなぜか。
凄い結果を出して、称賛を受けたいといった承認欲求というか、
凡人で特別なスキルがないサラリーマンが、
自分の決めたマイペースな投資を実践する姿をただありのままに
表現したいということです。
何かご迎合したり、競ったり、コミュニティの中で、
自分にチャレンジやストレッチといったことをせずとも、
ある程度の怠惰な中でも資産形成に取り組めるのではないかと、
そう思って今後もマイペースに、
また平常心で望んでいきたいなと思います。


人気ブログランキングへ

私はカメラで写真を撮るのが好きです。
※最近サブブログで試験的に写真をUPしています。 → サブブログ

出会った風景を自分なりに感じた印象としてカタチに残せます。
どんな被写体を選ぶかということはもちろんですが、
色味や明るさなど細部に渡り自由な表現の世界が広がっています。

ただ、自由な中にも技法としていくつものセオリーがあることも事実です。
これらのセオリーを主体的なスキルとして持つことは、
自分の表現を抑制するものではなく、
自分の中の基点となり、それを応用する事により、
結果的に表現の幅を広げてくれます。

多くの撮影技法に関する書籍を見たり、プロ写真家の講話を聞くと、
どれもなるほど、と勉強になることも多いわけですが、
ただ、それは自分で試してやってみて、
自分の中で主体的にノウハウとして蓄積していかないと、
なかなか自分が主体的に扱うセオリーとして定着はしません。
実践の中で自分が体得していくべきものなのです。


<私がセオリーとしていることの一例>
・被写体を選択する際には、メインとサブを決めてそれ以外の要素は
引き算の発想で思い切って構図から落とす勇気も必要

・一般的にやわらかいものはハイキー(明るく)に、
かたいものはローキー(暗く)撮って光のメリハリを意識する

・被写体をどう撮りたいのかを真剣に考えることで、
自ずと撮影パラメーター(シャッター速度、絞り、ISO感度等)を決める


写真撮影は何より楽しんでやればよいわけですし、
そんなセオリーとか難しいことを考えないでシャッターを切ればよいわけですが、
より自分らしさを確立したいという欲求を満たしたり、
それに取り組むことによる充足感を高めるためには、
色々なことを考えながら真摯に向き合うことが一番なのです。
漫然とやっていても一定以上の満足度は得られないと思います。


この話って、投資においても同様のことが言えると思います。


自分のセオリーを主体的なものとして定着させることの重要性は、
自分の投資方針を曲がりなりにも自分で考えて制定すること、
そしてそれを実践していく中で、自分のリスク許容度や個性を知り、
しっくりくるカタチを見定めることと同じです。

また、投資家として主体的な投資方針を確立することは、
一見するとバリエーションに富んだ多様的な手法を抑制し、
自分の可能性を狭めてしまうこととも評されるかもしれません。
しかし、私の認識では、主体的な投資方針が確立されており、
その原点があるからこそ、そこから応用させるとか、
幅出しをすることで、自分の中で新たなチャレンジと
その時のリスク受容度合いとがバランスしながら安全に
対処できる可能性が広がっていくのではないかと思います。
やみくもにチャレンジしていくというのも、
シャッタをーとにかく切り、楽しければいいという事と似ていて、
それを否定するものではありませんしそういうスタイルもいいと思いますが、
自分らしさを持ってより充足感を高めるためには、
漫然と手を広げるのではなく、自分の原点とそこからの応用ということを
念頭に置いて対処されるべきかなと感じます。


また、プロ写真家としてカリスマ性を持った方々が存在し影響力を持つように、
投資家界隈でもカリスマ性がある敏腕投資家という方が多数いらっしゃいます。
プロ写真家と同様、敏腕投資家の方々の多くは、
主体的な手法を確立され、多くの実績への羨望と言動への共感を集めています。
私もあの方のようになりたい、あの方の弟子になり、
あるいは実際に知り合って交流を持ったり、サインをもらったりしてみたいと。
そのような接点を持つことで何か自分の可能性が広がったような気になって、
浮かれたりもしがちですが、それは幻想なのです。
(実際に私もそのような実感を得たものです・・・)
どんなに良書に触れても、カリスマと接点をもっても、
それだけでは本質的に自分は高まらないのです。
そういったインプットを元に自分がどういうスタンスで事に当たり、
自分らしさを追及していくのか、
その前段として自分がどういう人間なのかも踏まえて
熟考することが大事だと思います。


私も投資を始めた頃、最初はメンターとなるような人を見つけて、
その人のことを追いかけていました。
今は惜しまれつつ情報発信をお休みされていますが、
ゆうゆーさんの愚直な姿勢にはよく洗脳をされていました(笑)。
エナフンさんの投資判断のプロセスにも学びましたし、
すぽさんのビジネスモデルの分析もその面白さに魅了されました。
ほんの数冊ですが、良書と呼ばれる本も読みました。
他にも多くのブログの読者の方からコメントを頂いたり、
ツイッターを始めたことで、多くの方から勉強をさせて頂きました。

そんな中、私は写真の撮影スタイルと同様、
投資スタイルにおいてもやはり主体的なセオリーとして投資方針を掲げました。
最初は模倣だったりもしましたが、そこから少しずつですが、
自分らしさを求めてきたつもりです。
そのやり方は、決して多くの人から羨望や共感を寄せて頂けるような
撮影技術も投資方針でもありません。
いや、むしろこんな凡人ぶりに多くの人は
見向きもしてくれないかもしれません。
ただ、地に足をつけて、楽しくやっていくための礎を築くことが出来たと
自分の中では自負しています。
写真の撮影も投資のやり方も最後は自分のスタイルに合致する
独りよがりなものかもしれませんが、
ゆっくりと、じっくりと向き合っていきたいなと思います。

また結論もないグダグダな記事になりました。


人気ブログランキングへ
◆最近のお気に入り