投資方針に忠実に退屈な投資で資産形成

某所における著作権侵害に関するご指摘に対する件について、
当方の現状の考えを残しておきます。




私は各企業の分析に当たり、
エクセルにデータを手打ちして纏めています。
その際にビジュアルの有用さから
ValueMatrixのグラフをGMOクリック証券の財務分析から引用しています。

今回某所において、この引用が著作権侵害をしているとのご指摘を受け、
著作権を有している当事者からの抗議ではないものの、
慎重に対応を検討せねばならないと考えています。

現時点で対応を私の中で決定はしていませんが、
以下のいずれの対応を取ろうと思います。


■対応案

1.銘柄分析シートは当初の目的通り、自分のメモ用として
一切の開示を取りやめる。


2.銘柄分析シートの該当部分(表紙サマリ)のみ開示を取りやめ、
詳細データのみを開示するようにする。


3.著作権保有の当事者からの警告や申告を受けるまでは
この状況を継続する。
(警告や申告を当事者から受けたら当然、即座に対応します)



恐らく1か2とすれば今回ご指摘頂いた方にはご納得頂けると思います。
3とすれば当事者へ通報するなどの更なるクレームの素になるかもしれません。
1や2で公開を取りやめたとしても、出来るだけ決算精査の記事は継続していきたいですし、
その気持ちは変わりませんが、やはり残念な気持ちは残ります。
3であれば、せめてより明確に各引用時に引用元をわかりやすく表記するなどの
工夫もすることで、より著作権保持者へ誠意を示すようにしたいと思います。


ここで、そもそも銘柄分析シートを作成している背景や、
それを開示している考えも記しておきます。

まず銘柄分析シートは表紙と詳細の2部構成でして、
このうち表紙には私が各企業を見る観点毎にサマリをしたり、
過去の業績や財務、キャッシュ状況などを可視化するために作っています。
詳細編はPLなど短信記載の各項目の詳細なデータ推移をエクセルで
数表などに纏めたものです。

これらのシートは元々自分が各企業のことを知るために、
自分のメモ用として個人用として作成をしておりました。
しかし、ブログ記事で個社の事を触れる際に、
この個人用メモを読者の皆様にもよりわかりやすく見て頂くために、
またそこから何かしらの意見交換を円滑にすることも想定し、
有用なツールであるGMOクリック証券の財務分析のValueMatrixのデータを
表紙のサマリシート上に引用させて頂いたわけです。

これを個人用としている分にはよかったわけですが、
ブログ上で転載することはご指摘通り、侵害になる可能性があるわけです。

もちろん私はこの転載を営利目的にしているわけでもありませんし、
改編することで著作者の意図を歪めるようなこともしていることはありません。
自分で言うのもなんですが、決して悪意があるものではありません。

とはいえ、著作権に侵害しているのは事実でもあり、
(その事自体が悪意があるというご指摘もごもっともです)
本来であれば著作権を保持する者に申告して、
きちんと承諾を取ることが求められるわけですが、
そこまでやってられないというのもまた事実です。


私は純粋に有用なツールを活用して、
よりわかりやすい情報整理をしていたつもりで、
それが読者の方との交流にも有益かと思っていましたが、
正直このようなご指摘を頂くことは残念ですが、
ただ、このご指摘は正義ですからそこにどう対応するかは、
慎重に検討が必要と認識しています。
やはり正義こそ全てなんですよね。

ちなみに決算短信や有報、
また会社から開示されるデータ(決算説明資料やリリース文)なども、
そのキャプチャなどは同じように抵触する可能性があるものです。

各自が各自の判断で引用したりされていることと思いますが、
ご指摘にあたり自分のスタンスを考えるきっかけを頂いたと思っており、
今後の事も含めて真摯に受け止めて考えたいと思います。



■銘柄分析シートの例(サンセイランディックの例)

 ・表紙 → PDFファイル
 ・詳細 → PDFファイル
 ・付録 → PDFファイル



当件について、何かしらご意見(もちろんご批判も含めて)がございましたら
参考とさせて頂きますのでコメント等頂ければ幸いに思います。


※投資に関連しない記事です。
(興味ない方はスルー願います)



この 私の青春の一コマ を受けた記事です。


Nさんに会うことが出来ました。

天然パーマに少し茶色みがかった当時の前髪は、
綺麗な黒髪のストレートになっていて、
眼鏡も外した大人の女性になっていました。

少し童顔な微笑みの表情は、
思春期の頃に感じた愛らしい面影があるというより、
当時の表情をそのまま引き継いだと思えるくらい
その優しさとどこか神秘さを備えた雰囲気は
変わらずに写っていました。

だけど、お話をすることは出来ません。
だって、会えたといっても、
それは1枚の写真を通した再開だったからです。
最近撮られたというその写真を前に、
わたしは何度も何度も見入っては当時の事を回想しました。
(気持ち悪いですかね(笑))


実は先日の 私の青春の一コマ の記事を書いてから、
これまで疎遠だったクラスメートにいよいよ会いたくなり、
その感情の高ぶりの勢いに任せて、行動に移していました。

わたしはNさんの連絡先は知りませんが、
クラスメートだった何人かとは、
連絡先だけは辛うじて知りえる
疎遠でありながらも最後の砦を残したような関係は続いていました。

もちろんそんなクラスメートといえど、
もう10年以上は連絡すら取っていない希薄で、
もはや消滅したといってもいい関係性です。
加えて、私は行動を起こすことには奥手で
何事にも勇気を持てない性格です。
(今の投資スタイルを見ても合点がいきますよね)
ただ、何か一歩を踏み出してみれば、
色々なことが変わる、
新たな世界の景色が広がることも知っています。
もちろん行動を起こすことで失うものもありますが、
希望に満ちたその時には、
その失うリスクへの恐れより、
変わることによるよきリターンに重きが置かれます。

特に親しかった3人に連絡をしてみることにしたのです。
地元の友達というのは、不思議なもので10年以上会ってなくても、
とんとん拍子に近く再開する段取りが整っていきます。
もちろん、その3人の中にNさんは含まれませんが、
Nさんと仲良くしていたSさんは含まれています。

Sさんは純朴な女の子で私も幼稚園からの幼馴染です。
背が少し低くて丸顔のおっとりとした子でした。
美人というよりかわいらしい雰囲気で、
当時はそれなりに男子からも人気でしたが、
私は幼なじみということもあり、そういう目で接することは
ありませんでした。
そんなSさんとは、中学までずっと同じで高校で違う高校に行きますが、
実は高校でもある事がきっかけで1年以上に渡り
交流を持つことがありました。
高校を卒業してからはさすがに疎遠になってしまい、
彼女は一般職で銀行に勤めたと聞いて以降は、
いよいよ音信普通になってしまいました。

AさんはSさんと仲良しの女の子ですが、
お姉さん気質でいつもSさんを従えているような存在でした。
私もよくお姉さんに叱られるように従属させられていました。
長い年月を経てもなお、また小言を言われるのではないかと
少しばかりの恐怖もあれど、また怒られてみるのもいいかと
思えてしまう不思議な力があるのです。

Rさんは幼少期からよく一緒に遊んだ男の子です。
私は変身もののレンジャーで戦闘系を好まず、
電車を眺めて平和な遊びを好むおとなしい少年でしたが、
そんな少年が相性よく遊べるということは、
つまり、Rさんも優しくおとなしめの存在でした。
実はSさんに密かに想いを馳せていて、
それは僕らの中では周知の事実で、
よくSさんと二人だけになるように仕向けてキャッキャ言うなんて
中学生らしいいたずらをしては、からかっていたものです。
(今考えると最悪な友人だったと思います)

私を含めたSさん、Aさん、Rさんの4人が再開を果たすのです。


桜の花の撮影で帰省して間もない、ゴールデンウィーク前半。
未読の決算短信をたんまりと溜めつつも、
間違いなく私の関心はこの再開へと向いていました。
(投資家としての責務より本能に従っているあたり、凡人ですかね・・・)

それぞれのご家庭の兼ね合いもあって、
ランチ時に子連れでもOKなドリンクバー付のファミレスに集合です。
座敷の個室を備えた地元のそのファミレスは、
時間の制約も受けずに語り合うのに最高の場所です。


卒業アルバムを久々に引っ張り出して、
その再開の場に向かう私の心は小躍りしていて、
でもうまく話せるのかな、なんて小さな不安もあったりして
複雑な心境の中で待ち合わせ場所に向かいます。
その期待と不安の交錯した感情は、
私の背中を押すように迫り、待ち合わせ場所へも早めに到着します。


久々に会った4人はもちろん最初はどこかぎこちなくて、
たとえば、どう呼んでいいのかもあやふやでした。
Rさんにはあだ名があったのでそんなには困りませんが、
中学生だった当時なんて、私も気が利きませんから、
女子二人は恐らく名字で呼んでいたように思います。
ですが今となっては旧姓だし、しかも名字で呼ぶのもな、
なんてどうでもいいことにも考えが及んでしまいます。

ただですね、ほんの数分話すと、結局はすぐに打ち解けられるのです。
うまく話せるかな、なんて心配は杞憂に終わり、
むしろ当時の曖昧な記憶から話は溢れてくるのです。
自分の曖昧な記憶はほかの3人から訂正されたり、
一方で私が相手の記憶を訂正したりしながら、
当時のひとつひとつのシーンを時間を翔けて継ぐんでいきます。
思春期に繰り広げられた不安定な心情の下、
育んだ青春の日々は、大人になった今、
ユーモラスに繋がれていき、
記憶の隙間を埋めて、かつ豊かにしていくのです。

乾いたタオルが水を吸ってじわじわと染みていくように、
私の記憶も心も満たされていきます。
これは机上でいくら本の世界に没頭したとしたとしても、
もしくはどんなに優秀な脚本や監督が監修した映画を観ても、
決して味わうことのできないパーソナルな充足感です
こういう経験を実感させてくれるような仲間に会えたこの時間は、
とてつもなく私に幸福感をもたらしてくれるのです。

料理が運ばれてきて、連れてきた子供達のこと、
今の日々のことなど一通りの話も進んで、
長い年月のブランクはみるみるうちに埋まっていきます。
語り尽くせばキリがない過去であっても、
互いの近況は十分把握することができるものです。

食事も一段落し、ドリンクバーに各々が食後のコーヒーを注ぎ、
連れてきた子供もひとときの昼寝に落ちた頃、
より落ち着いた時間が4人の空間を流れていきます。


Sさんが、少しばかりの意地悪な表情を私に向けて、
「最近、Nさんに会ったんだよ。」と言い出しました。
SさんとNさんは当時、仲がよかったので、
クラスメートの近況を知り得る範囲で
個々人のことが話題に上がるのは、
何ら特別なことでも不思議なことでもないのですが、
その対象がNさんであれば、それは私にとっては
ただ事ではない極めて特殊なことなのです。
そしてそれを承知しているから、敢えて含みをもった表情をもって、
Sさんは私の方へいたずらな表情を差し向けたのです。
そう、私がNさんへ想いを寄せていたことは、
Sさんにはお見通しだったのです。
直接的にその想いを周囲に告白した記憶はありませんでしたが、
やはり幼なじみだったこともあり、ばれていたんだなと、
この歳になっても顔が赤くなるのがわかるほどに、
恥ずかしい感情がこみ上げてきました。
ただ、そんな恥じらいもまた、快感でもありました。
自分の心の奥底に秘めていたものと勝手に信じていましたから、
想定外といえばその通りですが、
そういう感情に心が躍り、心が動くことも少なくなりましたから、
やはり新鮮ですし、若返った気がするものです。


こういうときに、自分のかつての特別な感情を包み隠し、
あやふやにして話を続けることの無意味さは、私もよく理解しています。
そして今、Nさんの話題になったときのどきどきは、
自分だけのものにせず、そこでオープンにした方が
自分も楽しいし、それが過去と向き合うことだとも思いました。
ですから、当時の特別な想いをもったいぶってこの場で告白をします。

するとお姉さん気質のAさんは、何を今更、みんな知っていたよと、
Sさんの意地悪な表情を超える直接的な言葉攻めの洗礼を受けます。
え?なんで知っているの?と私が狼狽えて、みたいな問答をします。
まぁ、結局私の当時の言動から、
RさんがSさんに想いを寄せていたのと同じように、
私がNさんに想いを寄せていたのもまた周知の事実だったということでしょう。

SさんがNさんの近況を語ってくれます。
まず最初に、これはとても驚いたのですが、
いまだ独身であるということです。
バツイチとかではなく、未婚で独身ということです。
そして地元で医療事務のお仕事をしていて、
若い職場の女子達と楽しく過ごして独身生活を満喫しているとか。

不思議なのは、なぜこれまで縁がなかったのかということです。
Nさんの容姿だけでなく、
その雰囲気や根底の強さや弱さも含めて、
決して万人受けするような女性ではないとは思いますが、
しかし、それを魅力的だと感じる男性はいくらでもいたことは、
私がなにより保証できるわけです。
女子高に進学してから先、どのような日々を送り、
どんな人と巡り会い、そして今の仕事をして、
そして独身という道を選んだのか、選ばざる得なかったのか、
興味関心が、富士山麓の湧き水のごとき溢れ出てきます。

ただ、それはSさんを質問攻めにして聞き出すようなことではなく、
そこまで野暮なことはしたくもないですから、
そんな興味関心を冷静に心に封印しながら話に耳を傾けます。


その後、Nさんに関するより深い話は続きます。
ここに書くことは少し憚られるので割愛しますが、
私が多感な中学生時代から想いを寄せていたNさんは、
そのままにそこに存在していて、心の大切な思い出として生きています。
もちろん、今は妻がおり家族がいて、
それが最愛であることは間違いありません。
あくまで昔の思い出、そして今に至るまでの軌跡に触れてみると、
センチメンタルな気持ちに心が奪われるのは、
なんら不思議なことではありません。


私はNさんに会いたいような、
でもそれは今ではないような、そんな優柔不断な気持ちでしたが、
Aさんには呆れられ、Rさんには面白がられ、
Sさんには微笑みで見られて、
でもそんな右とも左ともわからないふわふわした気持ちは、
とても居心地のよいものでした。

病院に行けば会える。
でも離れた居住地の病院に偶然を装って現れるのは不自然だし、
そもそも卑怯だとも思いました。
Nさんは意図せず強制的に再会をせねばならず、
私が押しかけることで強制的にそんな機会を強いるのは、
どうしても良心が痛むというか、大切な思い出に自ら
塩を塗るような行為に思えて仕方ありません。

AさんやRさんは行っちゃいなよ~とけしかけますが、
Sさんはそんな私に理解を示してくれます。
そしてそんな私が哀れに思ったのか、
SさんはNさんのSNSのプロフィール写真を見せてくれたのです。

そこに写った写真は鮮やかな着物を纏っていて、
微笑む姿には様々な人生があっただろうことにも考えが及び、
じっと見つめてしまいました。
そんな異様な私の変人ぶりにも、
そうなるよね~と理解を示してくれるSさんは、
天使のようにも思えました。

Sさんも自身のことで、
自分の想いを寄せてた人のことを考えると、
同じようになるよ、と慰めてくれます。

もし今会えたら、恋い焦がれた過去を
告白するかという話にもなり、
まるで思春期の頃のように、
特別な想いをたとえば過去形だとしても
告白するのか、その是非について、
無邪気に語り合うその場の4人は
周りからみれば間違いなく奇異に映ったことでしょう。

Rさんは目の前にSさんがおり、
そして今、それを改めて宣告できることが
うらやましくもあったわけですが、
私も一歩Nさんに近づけた気がして、
とにかく浮き足だっていたことは間違いありません。

私の勝手な一方通行の想いが、
Nさんにとって迷惑でないことを今でも祈っていますし、
それは今になっても変わりません。

今は無理でも、おじいちゃんになったときに、
ふと、再開の機会があって、
そこで躊躇なく、そして相手の迷惑にならぬように、
過去形の告白ができたら、
私の人生もまたひとつ豊かになるのかなと思いました。



過去の青春の想いを継いで、結実させることはできなくても、
満たされた心を得られることは、
投資家として大成することに並んで大事なことだと思います。

青春も当時の熱い想いも、お金では買えません。

そして、青春時代の多感で不安定なあの独特の感情は、
あのときにしか得られない感覚でもあると思います。
もちろん、歳をとってもすてきな恋をする方もおりますし、
多様な人との出会いで常にそういうどきどき感で
満たされている方もいらっしゃると思います。

ただ、やはり思春期の頃の感情は、
あのときにしかないものです、
当時は当時で色々苦しんだはずなのですが、
しかし、今にして思うと、儚く伝わらない想いだって、
時を経た今でもほんわかと心を温かくしてくれて、
そして再開したクラスメートとずっと旧交を深めるツールとして
貴重な資産として私の人生に色を添えてくれているのだと思います。

ゴールデンウィークにこんな青春時代に想いを馳せている方も
希少だと思いますが、妻にも事の顛末を話したのですが、
とてもうらやましがられました。
ありがたい事だな、と思いました。



■当記事は、告知となります。ご了承ください。


相場の方は特に中小型の新興市場において、
随分と動きも出ているようです。

まだまだ余裕という方もおられれば、
なんだか不安だねという方もおられると思います。

私はとういうと、別にやけを起こしているわけではないのですが、
良くも悪くも鈍感になってしまっており、
野となれ山となれという気分です。
そもそもポジションも小さいですからね。


さて、そんなどうでもいい前置きはさておき、
今回の記事では、期待と不安が交錯する中、
「日経マネー主催の個人投資家調査」の件で告知です。

私も最近お世話になっている日経マネー誌において、

毎年恒例の個人投資家調査のアンケートが実施中です。

アンケートは 【こちら】 です。



より多くの方からの声が欲しいという背景もあってのことかと思いますが、
告知に関して協力の依頼がございましたので、
私のブログでも微力ながら記事として告知をさせて頂きます。


アンケートの内容としては、
10分~20分程度を要するアンケート形式になっています。

過去のパフォーマンス実績やポートフォリオの構成について、
また、今年に入ってからの相場への対峙のされ方など多岐に渡ります。
投資スタンスに関する質問もあり、
改めて根本的な自分の投資スタンスを
おさらいする上でもよい機会かもしれません。


こういう相場展開の中でのアンケートとなりますと、
今後の見通しや投資スタンスも弱気色が強くなりがちですが、
こういう時だからこそ、客観的にみつめて、
自分がどういうスタンスをとっていくのか、今後の整理にもなる(かもしれません)。


なお、アンケートをされた中で、抽選で豪華景品(10万円ギフトカード等)が
もらえるようですよ。


実は、私も今年は初めてこのアンケートをやってみましたので、
もしまだやられていない方がおられて、
協力してもよいよ、という読者の方がおられましたら、
やってみるとよいかもしれません。


混沌としている指令室から、
耳を疑う言葉が聞こえてきます。

「上り線からの救済プランを凍結し、今から復旧プランへ切り替える」

「復旧には1時間程度を要し、1時間後を目途に下り線の運転再開を目指す」


えぇっ?ですよね。

京都の宿、取っちゃったよぉ~
てか、ホントに一時間で終わるの?
復旧には「相当な時間」を要するって言ってたし。
相当な時間というのはこういったケースでは
もう終日諦めてね、に等しい惨状であると言ってるようなものなので、
にわかには信じられませんね。

信じるか信じないかはあなた次第、
って都市伝説をやってる場合ではないので、
とりあえず東横イングループに電話です。

すみませんが、JRのプランが変わり、
京都には行かれなくなりましたと。
その時は必死だったので気が付かなかったのですが、
当事者ではないフロントの方からすると、
状況は話してたとはいえ、
訳がわからなかったろうなと思います。
もちろん、キャンセル料は不要です、
気を付けてご旅行下さいと言われ嬉しかったですね。
(どう気を付ければいいのかとか、私はもはやどこに旅行してるのかって
ひねくれた思いなんて微塵も頭を過りませんでした(笑))
周りの方もそれぞれ電話をかけて謝罪しています。
この日は京都の宿も大変だったと思います。
というかたまたま梅雨時の平日閑散期で良かったですよね。
当日予約がまだ残ってましたからね。


そしてこのプラン発動により今度は新大阪で
運転打ち切りが濃厚とのことで、
大阪の宿を取る必要があります。
新大阪近辺は既に満室なので少し離れたどこでもいいやと
ネットで取ってた上で電話します。
同じように仮に来れなくてもキャンセル料は不要ですと案内を受けます。
やはり親切です。嬉しいですね。
ちなみにこちらはアパホテルグループです。
そういえば代官山でランチしてた時に、
あのアパのおばちゃん御一行が隣のテーブルにきて、
メニューにないサンマ定食をごり押しで注文し、
モリモリ食べてて驚いたな~なんて思いながら、
そのような弾力的な対応に感謝ですね。


指令からの通達で運転再開目途は0:50と案内がありました。
一連のやり取りをずっと聞いていて、
始めて、「運転再開」というポジティブな言葉を聞くことが出来ました。

しかし、復旧作業の状況次第ではさらに運転再開が遅れる場合もあります、
と絶望感満載の指令からの通達とセットです。

本当に0:50に運転再開できるの?と。

一本先ののぞみ49号と私の乗るのぞみ51号のみ
今後の運転計画が示されません。

「53A(のぞみ53号で私の一本後発)以降は京都駅で運転打ち切り」

と指令室。


車掌さんと共に51Aは(私の乗るのぞみ51号のことです)どうなっちゃうんすかね、
と盛り上がります。


車掌さんが指令に何度も51A運転計画は?新大阪打ち切りでいいですか?と聞いても、
明確な回答がありません。

え?もしかして、博多までいくの?
というか現時点で運休決定はしていないとのことです。
既に新大阪手前で0時を過ぎています。
博多まで運転ってもう朝ですよね。


復旧作業中定期的に復旧現場から無線が入ります。

「0:10現在、なお復旧作業中です。運転再開は0時50分、
状況次第で遅れることもあります」

「0:20現在、なお、(以下同文)」

「0:30現在、なお、(以下同文)」

無線が入る音が鳴るたびに、
おっ、復旧したか!? → 残念~という繰り返しで、
なんか絶望の中でもちょっと楽しめます。

0:40が近づくと、
そろそろ「最終的な安全確認を行っています」が欲しいですよねと
車掌さんやその場に居合わせた乗客同士で盛り上がります。
たいしたことではないんですが、盛り上がります。

リンリンリン(無線着電)の音がちょっと大きな音だった気がして、
期待感が高まります。

「0:40現在、なお、(以下同文)」

げぇぇぇ~まだやってるの!?

そして

「0:50現在、なお復旧作業中で、、、」

まじか。。。


もう絶望ですよ、車掌室(笑)。


パーサーの女性の表情にもぐったり感が見えています。
いよいよ非常用の飲料水が残り2本になったと報告があがり、
それを指令に報告しています。

というか、そんな報告を待ってないで、
指令なり本社なりから、
車ででも救援物資を我々に早々に届ければいいのにと
苛立ちも覚えます。


「0時54分、復旧が終了し、順次運転再開」

ようやくです、ようやくこの時が来ました。

車内に電気が戻り、こんなにも嬉しい気持ちになるものかと思います。

そして同時に51Aは博多まで運転が決定します。

つまり私も姫路に行けることになります。

大阪のアパホテルに電話です(笑)。
既に1時を過ぎてます。非常識ですが仕方ありません。
あのおばちゃんの顔を頭に思い浮かべて、
心の中で謝罪をしながら、
フロントの元気のいい女性フロント係には
丁重に謝罪を申し入れ事なきを得ます。

と同時にJTBにも連絡をして、
姫路のホテルのキャンセルを復帰してもらうことになりました。

席へ戻ったのは新大阪着線と同時位でした。
その時には既にあの美女はデッキからホームに出ていかれたようでした。
お別れの挨拶も出来ずに美女とはここでお別れです。
というか別に挨拶なんて気持ち悪いし、
交わしたとしても、お疲れ様でした~位なので、
何もここからは生まれませんし、
生もうとも思ってません(ホントですよ~)。
これでよかったのです(なにが(笑)?)
楽しいひとときをありがとうございました。

思えば、東京で電車に乗る前に美女に心を時めかせて
浮かれていたのがずっと前のようです。
そんな浮かれた気持ちは一連の停電というあまりに大きな災いに、
冷や水を浴びることになったわけですが、
それくらいの方がちょうど良いのです。


新大阪を出発してからは快走です。
周囲の乗客もまばらになったため、
ここでいよいよ焼肉弁当オープンです(笑)。
何もためらうことはありません。
そうとなれば空腹に支配された私は
行儀よく弁当の袋なんて扱えません。
ビリビリ包装紙を破り、
いよいよ黒毛和牛様とご対面です。

自然と一口が大きくなり、
途中で胸につかえます(笑)
お茶を流し込んでもなかなか解消されずに焦ります。
しかもそんなことをしてる間に、
新神戸に着きます。
姫路は次ですからね。
今度は弁当をかっこまなきゃいけない事態になり、
結局あまりに味わうことも出来ずに満腹を目的に
消化していきます。
しかし、さすがは黒毛和牛。
なんだかとてもおいしいです。

新神戸を発車すると、
当該列車はのぞみ号ですが、西明石にも臨時停車する旨、
案内が入ります。
その後も相生など通過予定駅すべてに停車するようです。
博多着は4時を過ぎるようですね。


新大阪から西はJR西日本管内ですからスタッフも変わります。
私はグリーン車に乗っていますので、
JR西日本のおしぼりがもらえるのですが、
こんな時間から乗務開始する女性スタッフの方、
本当にお疲れ様ですよ、ですよね。
そういえば、JR西日本の女性の制服はなんだか素敵になりましたね。

男性スタッフも電車遅延のお詫びを重ねていますが、
いやーあなたも完全に巻き込まれていますし気の毒です。

しかもワゴン販売は岡山から再開しますってアナウンスです。
いやーなんだかすごい事態ですね。


DSC_0036.jpg



姫路に到着したのは2時です。
実に6時間以上の遅延をもって到着です。
もちろん姫路城のライトアップ(24時まで)も終了しています。
静まり返った駅に下車客が失笑と共に降り立ちます。
私も改めて東京駅から乗車してからの各シーンが走馬灯のように思い出されます。

あのJR東海の車掌さんは良い人でした。
指令が右往左往して決められず現場を混乱させる中で、
的確に乗客の対応や指令への状況報告を訴えかけ続けていました。
現場だからこそわかる現場の緊迫ぶりを指令に伝えて支援を要請しているわけですが、
なかなか思うように支援を受けられない。
そんな状況に今後のJR東海の対応をよりよくするための変革に
意欲を示していました。若い方でしたが、頑張って欲しいですね。

間違ってもこんな人に、罵声を浴びせる側にはなりたくないものです。


姫路駅について、切符に遅延証明をもらい、
ようやく外に出ます。もうクタクタですが、結果オーライでしょうか。
穴子と姫路城にありつけなかったのは残念ですが、
タクシーを捕まえてホテルへ向かいます。

タクシーの運転手に苦労話を話し、
ホテルのフロントでも同じように大変でしたよ~と
急に人に話したくなるんですよね。

ホテルに着いて、ベッドに横たわったのは3:30です。
株主総会に出るために来たのと、
朝食付きプランだったので、起床は7時です。
なのですぐに寝なければなりませんが、
これが不思議と眠りにつけないんですよね。
体は疲れているはずなのに、気持ちが高揚しているせいか、
すっと眠れません。


しかし、朝の目覚めはとても良かったです。
この歳になっても、一晩位、睡眠が少なくても
なんとかなるもんですね。
朝のニュースで昨日の騒ぎがニュースになっています。

おおっ、この空撮映像は、私が乗っていた新幹線でしょうか。

DSC_0038.jpg DSC_0037.jpg



朝食会場では姫路のご当地グルメのアーモンドバターを塗ったパンを焼き、
姫路おでんで生醤油をかけて食します。
平和な朝食を食べていると昨日の出来事が嘘のようです。
穴子は食べられなかったけど、
アーモンドトーストが食べられてよかったです。

もちろん帰りにお土産としてアーモンドバターを購入して帰りました。



■今回の教訓(電車のこと)

・架線断線による停電は過酷
 (時間的に空調やトイレ使用不可によるストレスなど)

・飲み物や食べ物は少し余裕を持って乗車する
 (気分が悪い人に優先して飲料水が配布され、一般人には配布なし)

・トイレは小まめにいっておく
 (急に停電になるとトイレ使用不可になる)

・満線状態の解消は回復が遅い

・車内販売は速攻売り切れる
 (本当に必要なら、早めに行動しないと何も買えない)

・ずっと座ったままでいない
 (時間が長く感じるし、エコノミー症候群のようになりがち、
 実際体にしびれを訴えるような人が続出した)

・今回の架線断線の根本原因は不明
 (ということはまた断線することもある?対策は?と不安。)


■今回の教訓(心の持ちよう)

・絶望感を感じたら誰かと話す。
 同じ境遇の人と、参りましたね~と話すだけで心強くなれる

・状況に腹を立てても、人に腹を立てない
 (停電という状況に腹を立てたとしても、その怒りを駅員など
 人に向けてはならない。向けても何も得られない・変わらない)

・リクエストは的を絞る
 (状況打開にあれもこれもとリクエストをしても伝わらない。
 緊急時ほど、本当に大事なことにフォーカスしてリクエストを出す)

・性善説に立った対応を取る
 (緊急時に誰しもがストレスを溜めている時だからこそ、
 性善説になって、建設的な立場で行動するようにすることが大事)

・大きな組織の意思決定は曖昧
 (組織が大きい場合の意思決定は往々にして儚く移ろいやすいもの
 その認識に立って、必要なリスクヘッジは自ら対処する)


■参考
 JR東海 リリース → PDFファイル

ながらく、お付き合い下さりありがとうございます。
完全なる自己満足のために読み返さず
書き殴ったので、読みにくい点はお許しください。

終わり。

前記事の続編です。
なお、株式投資には全く関係ありませんので、ご了承下さいませ。

京都駅を出たのぞみ51号は一気に最高速度で快走します。
新大阪駅満線も解消したのかな、よかったよかった。
ここで、隣の美女が荷物の整理を始めたので、
どうやら目的地は新大阪のようだと悟りました。
いよいよお別れか~と。
同時に焼肉弁当まもなくオープン決定です。
(オープンなんて出来ない状況にまもなく陥ります(笑))

新大阪が近づいて快走してましたが、
やはり満線が影響してるのか徐々に速度が落ちてきます。

大丈夫、まぁ一時間くらいの遅延は想定済みだし、
ゆっくりとでも進んでくれればいいのだよ、
とまだ精神的にも余裕です。


高槻付近でいよいよ新幹線は止まってしまいました。

新大阪駅のホーム空き待ちですとアナウンスです。
現在、京都-新大阪間に10本が在線しているとのことです。
よくわかりませんが、感覚的に完全に詰まり過ぎだなと。

10分が過ぎても動きません。
そして20分が過ぎた頃でしょうか。
とうとうというかいよいよというか、
車内の電気が一斉に消えてしまいました。
(これが悪夢の始まりですね)
非常灯があるので、真っ暗にはなりませんが、
空調も止まり一気に不安な空気となります。

車内アナウンスも、現在新神戸-京都間で停電が発生していますの
一転張りのアナウンスです。
原因調査中ですのまま時間が過ぎていきます。
結局10分が超えて20時を過ぎた頃、送電が復旧しました。

電気が付くと、おぉぉ~と車内から拍手こそ起きないものの、
安堵の声が聞かれます。
さぁ新大阪に向けて発車してもらおうではありませんか。
もう大雨の天候不安に加えて、
停電発生は災難だな~と思いつつ、
もうこれで悲劇は終わったものと、
大いなる勘違いをしてしまいます(笑)。


そう、再び前向きになった気持ちを再び踏みつぶすように、
また電気が落ちてしまうのです。
再び停電となっています、とアナウンスがあり、
空調や注水が止まるため、喫煙所とトイレは使用不可と
何度もアナウンスが流れます。

今度は長い停電です。
記憶が定かでありませんが、
相当時間停電し、
またその中で、架線断線の見込みとの一報があり、
「復旧には相当時間を要する」と案内が入ります。

既に想定してた一時間遅延の域に達していたため、
ここから先は完全に想定外です。

ツイッターやネットニュースを見ると、
この頃には、世間の騒ぎが大きくなっていることがわかります。
外にはヘリコプターが舞い、
今頃NHKニュースとかで中継されているいるのかな、
そんな当事者にまさか自分がなるとはと不思議な感覚です。

とりあえず、椅子に座っていても退屈ですし、
8号車の車掌室へ行ってみることにします。

すると途中で車内販売クルーご一行に群がる
乗客達が食べ物を求める光景に出くわしました。

既に弁当は売り切れでツマミしかないとの事で、
みんながバタピーやさきいかを欲しています。
私には焼肉弁当があるので、
とりあえず飲み物を追加で確保します。
この様相から、既に皆さん相当の覚悟ができているようでした。
群衆心理というのを目の当たりにして、
人は変わるものなのだな~と妙に冷静にその場をやり過ごし、
車掌室に向かいます。

車掌室が近づくと、けたたましく激怒している客がいます。
「こんなことなら京都で降りておけばよかったよぉ!
新快速ならもうとっくに大阪に着いている。
どうしてくれるんだ。
なぜ電車が詰まっていることがわかっていたのに、
京都で在来線へ案内しなかったのか、怠慢だあぁ!!!」と。

だいたい50歳から60歳位のおじさんが一番タチ悪いんですよね。
そこでそれをシャウトしてどうする?
延々と同じループの主張を繰り返しても
何も状況は変わりません。
しかもそもそも電車が詰まっていたことと、
停電には因果関係はなかろうに。
京都で停電になるかもしれないことがわかっていたら、
そりゃさすがに案内したろうし、
そもそも京都で運転打ち切りでしょう。

指令から様々な情報がやり取りされている中での情報整理から
車内の具合の悪い方の対応など様々な対応に追われている中ですから、
このようなクレーマー対応は煩わしいかと思います。

そんな罵声の横で指令のやり取りを聞いていると、
これがなかなか興味深いんですね。
様々な可能性についての検討状況がやり取りされています。

そもそもどれ位の損傷が起こっているのかとか、
それが復旧するのはどの程度を要するのか、
ではそれを踏まえてどう救済するのかとか様々な情報は
聞いているだけで臨場感に溢れています。
少なくても先行きが全く分からない状況で、
自席で悶々としているのは精神的にも辛いですし、
何も手につかないですよね。
そもそも暗い時に四季報なんて読めないし、
さすがに銘柄発掘どころではありません(笑)。

現場も指令もかなり混乱しています。
私個人としては、とりあえず一番有力そうな
上り線を使って京都まで戻してもらう案を早く意思決定して欲しいな、
と思っていました。
早く京都に戻れれば、まだ在来線でリベンジ出来るかもしれません。
思えばすでに時間も22時に近くなってきて、
在来線リベンジによる姫路到着も
危ぶまれる状況となっています。


仮に運転再開しても新大阪打ち止めでしょうし、
現在準備を進めている京都へ戻す作業も先行列車から準備対応しているようで、
1編成の客を全て上り線につけた車両に移すのも容易ではありません。
車いすが必要な方の対処や体調を崩されている方のサポートなど、
とても時間を要することは容易に想像できますからね。

実際、車掌さんとも話をしていたのですが、
この京都救済案も相応の時間を要するし、
負担も大きいので悩ましいですね~なんて話をしていました。

この頃になると何人か車掌室近辺で様子をみている
野次馬客が私を含めて3、4人で談笑していました。
不思議と一体感のようなものが生まれるんですよね。
その中で、京都から乗って、新大阪で下車予定という
1区間の方もおられました。これは本当にお気の毒ですよね。
身の上話で盛り上がり、親近感が醸成されるものです。


停電を繰り返す車内で自席でストレスを溜めるより、
人と話していると落ち着くし安心するんですよね。
遭難した時に励まし合いが大事というのはよくわかります。
多くの乗客は目を閉じ寝るわけでもない状態で、
じっとしているのはつらいことだと思います。


途中で一度飲み物を取りにいこうと、自席に戻ります。
車内には情報がほとんど流れていないためか、
この後どうなってしまうのかというわからない恐怖のような
微妙な空気になっています。
ほとんどの人が疲労困憊で暑く空気のよどんだ中でぐったりしています。
しかし暴れたりする人もおらず、冷静に皆さん過ごされています。
日本人は本当に規律正しいんだなぁと思います。
自席に戻ると、そういえば美女がいたんだったと思いだし、
一旦席に座り飲み物を喉に通します。

焼肉弁当がフックにかかったままです。
そういえばお腹がすきました。
先程の車内販売は全て群がる客により、ちくわ一本ありません。
すべて売り切れのアナウンスもそういえばかなり前に流れてました。
そんな状況なので、ここでおもむろに焼肉弁当を空けて食べるのは、
美女の視線云々ではない別の次元の躊躇いを感じ、
結局ここで食べるのを諦めました。
焼肉のにおいをプンプンさせながら、
この状況で自分だけ焼肉弁当を
食べているわけにもいかないですからね(笑)。

連れの女性と2人で今後どうなってしまうんだろうなどと、
会話をしていたので、
「どうやら今、京都に戻す作業中らしいですよ~」
なんて、こちらから会話を持ちかけてみました。
私としてかなり勇気を絞ったつもりです(笑)。
四季報を読んでいたらどう思われるだろうとか、
弁当を出すタイミングを図っていた臆病さからみれば、
人が変わったようですよね。

新大阪から救済用の上り線が準備中だったので、
まだ当面時間を要しそうですよ~なんて会話をしたら、
情報提供に感謝をしてもらえて、
なんかちょっといい事をした気分になって、
よかったです(本質的に何も状況は変えられてないのですが)。

ここまでに何度か状況を報告するため、
JTBに電話を入れていましたが、
京都への救済が進んでいる中で、
姫路の宿泊キャンセルや、
京都の宿泊施設の自己手配などを進めます。
京都の宿泊施設には一応電話を入れて、
そもそもその先がどうなるかわからない旨も伝えると、
もし来られないというケースになってもキャンセル料は要りませんので、
気を付けていらしてください~なんて言われて、
やさしさに嬉しくなりましたよ。
東横イングループです(笑)。

車掌室で救済用の上り線の電車番号が決まりました。
あとはその電車が新大阪を出発してくれれば、
いよいよ救済に向けて一歩前進です。
この時点で23時位だったと記憶しています。
今か今かと車掌室の運行状況を示す画面を皆で見つめて、
なかなか動き出さない上り救済列車のマークを見て、
焦らされタイムです。
暫くの時間が経ったとき、
ようやく救済電車が出発したのを車掌室の画面上で確認した時は、
車掌さんや居合わせた野次馬客皆でガッツポーズです。
刻々と変わるその救済列車の位置情報から
徐々に自分の車両に近づいてくるのがわかるわけです。
車内アナウンスで、荷物を纏めることと、
お手伝いをしてくれる方への協力者要請が流れます。
と同時に乗客の体力も限界で、体調を崩されている方へ
非常用の水が配布されたりしています。
また、トイレも長時間使えないことから、
非常用のトイレが11号車の多目的室で運用開始されました。
とはいえ、救済用電車がこちらに向かい、いよいよ解放されると
期待感も大きくなっています。

いよいよ救済用電車が間近に迫ったその時です。
指令から耳を疑う言葉が聞こえてきます。


続く
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